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「想像し得なかったことが、起きています」とゲーム業界について語るのは、マッキンゼー・アンド・カンパニーでシニア・クライアント・アドバイザーを務める、乙部一郎さん。かつてスクウェア・エニックスの米国法人社長やライアットゲームズの日本法人社長を経験し、現在もゲーム会社の支援に携わる彼は、ゲームビジネスを知り尽くした“業界通”といえる存在だ。
今回はその乙部さんに、ゲーム業界の現状を解説してもらった。
彼いわく、この業界は日本人が「世界の最前線で戦える貴重な分野」。また、戦略コンサルタントやデータサイエンティストなどがゲーム領域で活躍する機会も、広がっているという。乙部さんの言葉から、“旬な分野”=ゲーム業界の躍動感が伝わってくる。【藤崎竜介】
※内容や肩書は2023年8月の記事公開当時のものです。
1. 市場規模20兆円を突破。急拡大を促した、かつて「想像し得なかった」ほど大きな変化
2. 他分野に“染み出す”ことで、存在感を増すゲーム業界。その給与水準は今……
3. ゲーム産業で働くことは「世界の最前線」に身を置くチャンス。業界特有の難しさは……
4. マッキンゼーのパートナーがゲームを作って起業する事例も
市場規模20兆円を突破。急拡大を促した、かつて「想像し得なかった」ほど大きな変化
――ゲーム産業は2016年に約9兆円だったグローバル市場規模が2021年に約21兆円になる(*1)など、急拡大しています。
*1 ゲーム業界データ年鑑「ファミ通ゲーム白書 2022」などより。同白書のプレスリリースはこちら
乙部:ここ10〜20年で進んだのは、一言でいうとニッチ産業からメインストリームへの変化ですね。私がスクウェア・エニックスにいたころは、まだ「好きな人は好き」という世界で、今みたいに巨大な産業になる気配は感じられませんでした。
そこから市場が急拡大した背景にあるのは、“多様化”だと思います。関わる人材も、コンテンツもどんどん多様になってきました。結果、以前よりはるかに多くの人がゲームを楽しむようになったわけです。
ゲーム市場拡大の要因としてモバイルゲームの普及を挙げる声が多いですが、今述べた多様化の流れがなければ、モバイルの領域がここまで広がることもなかったと思います。
――何が、その多様化を引き起こしたのでしょうか。
乙部:汎用的なゲームエンジン、つまりゲーム開発ツールの普及だと思います。技術的な深い知識がなくても、おもしろいゲームを創り出せるようになりました。それによって、参入の障壁がすごく低くなったんです。
最近では『Roblox』(*2)のような、一般ユーザーが簡易的なゲームを作って楽しみ合うプラットフォームも、普及していますしね。
*2 米国Robloxが展開するプラットフォームで、ユーザーはゲームを自作したり他ユーザーが作ったゲームで遊んだりできる
――特に影響度が大きいゲームエンジンというと。
乙部:Unreal EngineとUnityでしょうね。そういえば、スクウェア・エニックス時代にUnreal Engineを初採用するプロジェクトに、関わったことがあります。2008年に発売した『ラスト レムナント』という作品でした。
当時のスクウェア・エニックスにとって、外部のゲームエンジンで開発することは異例の取り組みで、正直、反発もありました。でも、今やUnreal Engineのようなツールが使われないほうが、珍しくなっているんです。
市場がここまで膨らんでいることもそうですが、当時は想像し得なかったことが起きていると感じます。
――ゲーム業界は、パブリッシャー(ゲームの発売元)、デベロッパー(開発元)、プラットフォーマー(ゲーム機メーカーなど)、個人クリエーターなど、さまざまな事業体が関わっていますね。
乙部:他の業界より複雑な構造かもしれませんが、最近は前よりシンプルになっていると思います。かつては、ゲーム機などを手掛ける特定のプラットフォーマーを介さないと作品がユーザーに届きませんでしたが、今は必ずしもそうではないですよね。
私が以前いたライアットゲームズの『リーグ・オブ・レジェンド』は、プラットフォーマーを介さない形態の分かりやすい例です。
つまり、昔より作り手とユーザーの距離が近い。クリエーターにとっては、いい環境だと思います。
他分野に“染み出す”ことで、存在感を増すゲーム業界。その給与水準は今……
――ゲーム業界について、最近注目している傾向はありますか。
乙部:ゲームの映像化の成功例が多くなってきているのは、印象的です。『ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー』も『The Last of Us』も、大成功していますよね。ちょっと前までは「ゲームの映像化はうまくいかない」が常識化してしまっていたので、大きな潮目の変化を感じます。
背景にあるのは、世代交代によって映像産業に携わる人の多くが、子供のころからゲームに慣れ親しんでいる状態になったことだと思います。こういう成功例は、今後もっと増えるのではないでしょうか。
それから、『ELDEN RING』や『ゼルダの伝説 ティアーズ オブ ザ キングダム』のような名作といえるゲームが次々と出てきています。黄金期といってもいいぐらいですね。1人のゲーマーとしても、喜ばしい限りです。
――良質な作品が続々と出てくるのは、なぜだと思いますか。
乙部:既に述べた作り手の多様化と、技術面で一時的な安定期にあることが大きな要因でしょうね。3D、モバイル、ソーシャルといった新しい技術要素が現れて間もない時期は、それらを使いこなすための試行錯誤が必要でしたが、ここ数年はそのようなことが少なかったように思います。
あと、そうした新しい技術がゲーム以外の分野に“染み出している”のも、最近の傾向ですね。Unreal Engineは映画制作などで使われていますし、メタバースもゲームの技術が基になっています。
――メタバースは、さまざまな分野で話題を集めていますね。
乙部:自動車の製造工程などでも、使われ始めています。個人的には、ゲーム業界で培われた技術やノウハウが他分野に広がっていくことこそが、メタバースの本質だと捉えています。
――市場が膨らんで勢いに乗るゲーム業界ですが、ゲーム会社側の課題を挙げるとしたら、人材の確保でしょうか。
乙部:そうでしょうね。大型の開発プロジェクトだと、まとまった人手が必要になります。特にエンジニアは、GAFAをはじめとするIT企業との競争が激しくなっている印象です。
――国内のゲーム会社は給与水準を引き上げ始めているようですね(*3)。
*3 参考:日経産業新聞「ゲーム業界賃上げ、世界で人材争奪 日本は報酬見劣り」
乙部:はい。とはいえ、その面で日本と海外はまだ差があると思います。特に米国は、物価高騰の影響などで全体的に給与水準が高いですからね。
ゲーム産業で働くことは「世界の最前線」に身を置くチャンス。業界特有の難しさは……
――ゲーム業界の仕事の特徴は、どこにありますか。
乙部:エンジニアやクリエーティブ系の職種は特にそうですが、世界の最前線で戦える貴重な分野です。
――市場がグローバルで広がっていて、かつ日本発コンテンツが存在感を出しやすい領域だからでしょうか。
乙部:そうですね。それから最近は、エンジニアやクリエーティブ系ではない、ビジネス系の職種でもチャンスが広がっています。新規事業の創出、M&A、組織課題の解決など、価値を出せる機会が増えていますから。
――変化が激しい業界なので、ビジネス系職種の人にとって新規事業は特に魅力的かもしれませんね。
乙部:そう思います。例えばスクウェア・エニックス時代、初のPlayStation 2用オンラインゲームとして『ファイナルファンタジーXI』を米国で発売するプロジェクトに関わって、すごく刺激的な経験をすることができました。
――そのスクウェア・エニックス時代などで、ゲーム業界特有の難しさを感じることはありましたか。
乙部:基本的に、クリエーターの意向が方針を大きく左右する世界です。なのでビジネス系の立場としては、クリエーターたちと丁寧にコミュニケーションを取りつつ、事業の方向性を定めていく必要がありました。調整力が求められる仕事です。
――注目している職種はありますか。
乙部:データサイエンティストと呼ばれるような人たちが、他の業界と同様にゲーム業界でも脚光を浴びているのは面白いと思います。
――実際にデータサイエンティストとして活躍する人が、増えているのでしょうか。
乙部:そうですね。ゲームの種類にもよりますが、eスポーツの世界ではなくてはならない存在になっています。
――なぜ、eスポーツでデータサイエンティストが不可欠なのですか。
乙部:フェアな試合にするためです。(運営側は)データ分析に基づいて、条件などを変えつつ、絶えずバランスを調整しているんです。そうでないと、例えばですがあるキャラクターを使ったら圧倒的に有利になる、なんていうことが生じて、ゲームとして面白くなくなってしまいますからね。
マッキンゼーのパートナーがゲームを作って起業する事例も
――乙部さんの今の仕事のように、コンサルタントとしてゲーム業界に関わる道もありますね。
乙部:俯瞰(ふかん)的に業界を見ることができるのは、この仕事のよさです。ゲーム会社に対するM&A支援や組織課題の解決のほか、最近はファンド系企業がゲーム会社に投資する際の戦略策定案件も多いですね。ゲーム業界はファンド系企業にとって、有望な投資対象になっていますから。
――ゲーム関連の案件数そのものが、増えているのでしょうか。
乙部:マッキンゼーがこの分野で実績があることはあまり知られていないのですが、案件数は多いですね。市場が膨らむ限り、この状態は続くのではないでしょうか。
――マッキンゼーのゲーム業界での実績については、確かにそれほど知りませんでした。
乙部:コンサルティングファームとしてに加えて、最近は人材の輩出元としても存在感が高まっています。エレクトロニック・アーツやActivision Blizzardが代表例ですが、マッキンゼー出身者が有力なゲーム会社の役員になって事業戦略などを担うケースが、増えているんです。
――ゲーム業界に興味を持つ学生や若手社会人に伝えたいことは、ありますか。
乙部:興味を持ったら、まずは自分でゲームを作ってみるといいと思います。繰り返しになりますが、ゲーム制作のハードルは昔よりかなり下がっています。
実はマッキンゼーのパートナーを務める人が、自作のゲームを基に起業した事例もあるんですよ。
起業とまではいかなくても、自分でゲームを発信してみれば、エンターテインメントを世の中に届ける面白さを体感できるはずです。
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