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「あの人は地頭(じあたま)がいい」「地頭がいい人を採用したい」「某社には地頭がいい人しかいなかった」などといった会話を、一度は聞いたことがあるだろう。
しかし「地頭がいい」とはどういう意味で、どういった能力を指すのか。あえて「地」頭と表現することで、特別な、知識の多寡(たか)ではない、先天的なイメージを想起させる言葉だが、「頭がいい」と何が違うのか。
その定義を「採用」「受験」「教育」といった分野の有識者や、プロフェッショナルファーム経験者らに尋ねた。そこで見えてきたのは「本質的な力」「どこへ行っても通用するための土台となる力」「深く思考する力」など……。
全6回の連載を通して、「地頭がいい」とは何かを模索した。【南部香織】
1. 90年代後半には既に使われていた。一般にも広まったのはベストセラー『地頭力を鍛える』が契機か
2. 「地頭力」はその場の限られた情報のみで考えを深める力
3. 「地頭」は先天的な能力と思われがち。だが訓練すれば鍛えられる
4. 論理的思考力は持っていて当然。これからは人間にしかできないことが重要視されていく
90年代後半には既に使われていた。一般に広まったのはベストセラー『地頭力を鍛える』が契機か
そもそも「地頭」という言葉はいつから使われ始めたのだろう。「地頭力ブーム」の火付け役ともいわれている、『地頭力を鍛える 問題解決に活かす「フェルミ推定」』(東洋経済新報社)の著者でビジネスコンサルタント・著述家の細谷功氏に尋ねた。
「この本を出版したのは2007年12月です。『地頭』という言葉自体はそのころすでにコンサルティングファームや人事採用の世界ではよく使われていました。
ただ、その定義は曖昧だったので、私なりに『地頭力』というものとして定義し、本にまとめようと思ったのです。10年ほどコンサル業界で働いて、優秀なコンサルタントには共通する能力があると感じていましたから。
でも、一般にはまだ流通しておらず、企画し始めた2006年ごろに『地頭力』をインターネットで検索すると、25件くらいしかヒットしませんでした。
そのうちの半分は鎌倉時代を中心に土地の管理などを行った職名の『地頭(じとう)』についてのもの。頭のよさを意味する『地頭(じあたま)力』としては雑誌に掲載されていた高校ランキングの記事が1件あるくらいでした。
でも本を出版後しばらくして検索してみると、30万件くらいヒットするようになっていました」
では、辞書にはどのように取り上げられているのか。
『大辞泉 第二版』(2012年発行)や『広辞苑 第七版』(2018年発行)、それから『大辞林 第四版』(2019年発行)では上記のように定義されている。
だが、それぞれ1つ前の版、『大辞泉』(1995年発行)、『広辞苑 第六版』(2008年発行)、『大辞林 第三版』(2006年発行)には、頭のよさや、知性に関する意味は載っていない。
やはり、ここ10年くらいで、人々に浸透した言葉なのかもしれない。
だが、取材を進めていく中で、地頭という言葉を「地頭力ブーム」の前から使っていた人物がいるという情報を得た。慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科特任教授の高橋俊介氏だ。
高橋氏は、マッキンゼー・アンド・カンパニーを経て、ワイアット社(現Willis Towers Watson)の代表取締役社長に就任。その後独立し、個人事務所を通じて、コンサルティング活動や講演活動、人材育成支援などを行ってきた。
「私が1997年に出版した『いらないヤツは、一人もいない 45歳で「含み損社員」にならないための10カ条』(祥伝社)という本の中では、すでに『地アタマ』という言葉を使っていました」
この能力を私は“地アタマ”と呼んでいます。専門的な知識や経験を振り回すのではなく、オリジナリティにこだわる力のことです。ものごとの本質を見きわめる力とも言えます。
(『いらないヤツは、一人もいない 45歳で「含み損社員」にならないための10ヵ条』より抜粋)
「たしか、ある企業の方と話していて、『わが社には、地頭がいい社員が多い』という言葉を聞いたのが最初です。いわゆる勉強ができる、偏差値が高いという意味ではない頭のよさを表現していたと思います。
当時はロジカルシンキングなど思考様式を表す言葉はありましたが、そういったものもひっくるめた頭のよさを表現する語彙(ごい)は私の中になかったので、うまい言い方だと思って、講演や書籍内で使わせてもらいました」
「地頭力」はその場の限られた情報のみで考えを深める力
では、2人は「地頭」をどう定義しているのか。先に登場した細谷氏の定義を聞いた。
「まず、知的能力には3種類あると考えています。知識力とコミュニケーション能力、そして考える力です。前者2つは私の定義からすると『地頭力』ではない。最後の考える力を『地頭力』と定義し、それを6つの要素に分解して、構造をモデル化したというのが私が著書で行ったことです」
「図解するならば、6つの要素のうち、知的好奇心、論理思考力、直観力が土台で、その上に仮説思考力、フレームワーク思考力、抽象化思考力という3つの思考力が載っているような状態です。言い換えれば土台の部分がOS(基本ソフトウエア)で思考力の部分はアプリのようなもの。アプリを動かすにはOSがしっかりしていることが前提です。
土台となっている知的好奇心は何にでも興味を持って能動的に動く力。論理思考力は物事を筋道立てて考える力、直観力はいわゆる『ひらめき』です。
その上の3つの思考力のうち、仮説思考力は結論から考える力です。最近私は『思考のプロトタイプ』と言っているのですが、おそらくこうじゃないかと仮説を立てて、試作品段階で世の中に出し、フィードバックをもらって修正していくようなやり方がこれに当たります。
フレームワーク思考力は全体から考える力。最初に強引にでも全体像を見ることで、分かる部分と分からない部分を把握する。それらを認識することで戦略を立てられます。
抽象化思考力は、具体的な経験を一般化したルールにして、それを別のものに適用する力です。例えばコンサルの仕事でいうなら、ある業界で学んだ知見を他の業界にも応用する力のことです。
重要なのはこれらはストックではなく、フローの力だということ。何かが起こったときに、事前に覚えたり調べたりした知識を使うのではなく、今知っている限られた情報だけで考える力なのです」
一方、高橋氏は以下のように語る。
「私は先ほど挙げた著書にも書いた通り、本質を見きわめる力、知識やテクニックに頼らずに考え抜く力のことだと思います。
土台にロジカルシンキングはもちろんあると思っていますが、一方でそれだけでは本質を捉えていないことがある。ですから直感も必要です。直感的に本質を捉えることができて、かつ論理的に考えられるのが地頭がいいということでしょうね」
2人の話に共通するのは、地頭は知識やテクニック、経験ではないということだ。ではそういった能力は後天的に鍛えられるのだろうか。
「地頭」は先天的な能力と思われがち。だが訓練すれば鍛えられる
「地頭のいい人、OSのスペックが高い人は、無意識のうちに自問自答する傾向にあります」
そう語るのは『30日間で身につく「地頭」が育つ5つの習慣』(KADOKAWA)などの著書を持ち、学習塾の経営などを通し30年以上も教育の現場に携わってきた、教育評論家の石田勝紀氏。
「地頭とは、どこでも、どのような時代でも生き抜いていけるだけの素地」と定義しつつ、地頭がいい人がやっているように自問自答する習慣をつければ地頭は鍛えられる、という(石田氏のインタビューは連載第5回で掲載)。
また、偏差値35から2浪の末、東京大学に合格した現役東大生の西岡壱誠氏は「地頭がいいとは思考が深いこと」と定義。「東大生のような考え方は後天的に身に付け、鍛えることができます」と話す(西岡氏のインタビューは連載第3回で掲載)。
さらに、アクセス解析を自動で行う人工知能「AIアナリスト」を展開するWACULの取締役CFO(最高財務責任者)・竹本祐也氏は、「地頭を鍛えるためには、やりたいことだけではなく、やるべきこともやり、苦手分野を克服するよう心がけることが重要」と語る。
外資就活ドットコム内のQ&Aコーナー「外資就活相談室」の回答者でもある竹本氏。かつて「地頭とはどういう力なのでしょうか」という質問に対する回答が話題になった。その意味するところについて詳しく聞いた(竹本氏のインタビューは連載第6回で掲載)。
先に登場した細谷氏は、フェルミ推定を使うことによって「地頭力」を鍛えられると説いている。
「フェルミ推定というのはつかみどころのない物理量を短時間で概算すること。たとえば、昨年、新型コロナウイルス感染拡大防止のため全世帯へ布マスクを配布するという政策がありました。これにいくらのお金がかかったかを答えよという問いがあったとします。
このときに、日本の人口は大体1億人で、マスクが1枚100~200円、送料や人件費を入れるとその2倍ぐらいかかったと考えて、200億~400億円くらいかなとパッとあたりがつけられるかどうか。
実際どうだったかという知識がなくても、概算で答える力を養えるのがフェルミ推定。これは先にお話しした3つの思考力すべてを使うので、結果として『地頭力』が鍛えられるというわけです」
論理的思考力は持っていて当然。これからは人間にしかできないことが重要視されていく
「地頭がいい」という表現が、最も多く使われるのは採用の場面ではないだろうか。では企業が求めている地頭のよさとはどんなものか。業界によって求められる地頭は違うのか。
企業の人事制度設計や採用を支援する、人材研究所の代表取締役社長・曽和利光氏に聞いた。
「多くの会社が、『自社に必要な知的基礎能力』を、『地頭』と表現しているんです。でも、その言葉が表す能力やスキルは、業界によってばらばら。よく耳にするのは、4タイプです」
業界によって求められる「地頭」の意味は異なるとしながらも、一流を目指す人に磨いてほしい「最高の地頭」があるという(曽和氏のインタビューは連載第2回で掲載)。
一方、日本のプライベート・エクイティ投資のパイオニア、アドバンテッジパートナーズにも取材した。
業界内でも人材レベルが高いことで知られる同社だが、採用において地頭はさほど重視しておらず、それよりも「当事者意識」と「適応力」に注目しているという(パートナーの市川雄介氏とディレクターの鈴木雄斗氏のインタビューは連載第4回で掲載)。
さて、これからの時代、「地頭」の重要性はどうなっていくのだろう。地頭を構成する能力の中で、相対的に価値が下がる要素はあるのだろうか。反対に、より重要視される要素は何か。
「論理的思考力は、コモディティー化して価値が下がっている」(曽和氏)
「論理思考力は重要性が下がってくるのではないか」(細谷氏)
曽和氏、細谷氏の2人は論理的思考力の価値は下がる傾向にあると話す。背景にはAI(人工知能)がその役目を担う可能性が挙げられる。だが、論理的思考力も無論不要なわけではなく、「身に付けていて当たり前の能力」と捉えたほうがいい。
細谷氏は「重要度は下がるかもしれないが、なくてもいいというわけではなく、あって当然の能力」という。曽和氏も論理的思考力はコンサルティングファームのジュニアにとってのマスト条件と話す。
細谷氏はさらに「抽象化思考力と仮説思考力、直観力は重要度が増すでしょう。でもそれよりもさらに重要度が上がるのは知的好奇心」と語る。
「『地頭力を鍛える』を出版したころから一番変化があったのは、デジタル化です。デジタル化とはすなわち抽象度が上がったということ。一見違うサービスでも、裏の仕組みは同じであることが多くなった。その見えない部分を考えられるかどうか。
それから時代が変わるスピードが速くなったので、何事も未完成でもまずはやってみることが大事。また、ひらめきや能動的に動くための好奇心は、AIには持てません。こういった人間にしかできない部分の価値が高まっていくと思います」
たとえ時代が変わっても、地頭が重要な局面は存在し続けると考えていいだろう。
先に登場した高橋氏は地頭についてこうも語る。
「地頭は知識やテクニックに頼らずに考え抜く力であると定義しましたが、言いかえればそれは“素手でけんかできる力”ということです」
つまり、身一つでどこへ行っても戦える力、ということだろう。今回の連載を通して、自らの人材価値を高め、変化の激しい時代を生き抜くヒントをつかんでほしい。
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