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「死ぬほど考える。それが僕らのやりがい」 総務官僚・脇雅昭さんに聞く(上)

2008年に総務省に入省し、キャリア官僚として活躍する脇雅昭さん(34)。現在は神奈川県庁に出向中で、産業労働局の初代国際観光課長として、外国人旅行者向けのインバウンド観光施策の立案を担当しています。同時に47都道府県の公務員が集う通称「よんなな会」を主催するなど、精力的に活動しています。

東京大学法科大学院出身の脇さんは、弁護士か官僚か悩みに悩んだ挙句、総務省に入り、働きながら司法試験に合格したガッツの持ち主です。官僚を選んだ理由や、ご自身のキャリアの軌跡についてうかがいました。

「6000円は、お前に投資する!」父の一言で幼稚園を中退

――脇さんは東大法科大学院卒、国家公務員試験一種と新司法試験のダブル合格というご経歴をお持ちですが、これまでのキャリアの軌跡を教えて下さい。

そうですね、僕のこれまでの選択の原点は、幼稚園時代にあると思います。

――どういうことでしょうか?

実は僕、幼稚園中退なんですよ。出身は宮崎県で、僕は6人兄弟の末っ子。父が50歳、母が45歳の時の子供です。親はずっと、地元で商売をしていました。父は4人目までは猛烈な仕事人間だったそうですが、自分が40歳になった時に「これからは子供の教育に力を入れたい」と言って仕事を辞めたんだそうです。で、僕の教育も自分で見るようになったという訳です。

僕が通っていたのは地元の幼稚園で、月謝は6000円くらい。父はもともと商売人なので、費用対効果を考えてしまうのですが、5歳くらいの僕を1年通わせてみたけれど、どう考えてもあの幼稚園には6000円の価値がないと。そこで、5歳の僕は「お前に投資した方が価値があるから、辞めたら毎月お前に6000円払う!」と言われたわけです。

――脇さんはそれでどうされたんですか?

もちろん飛びつきました。肩もみでお小遣い10円、なんてやっていたころでしたからね。

6000円は全額、紙芝居につぎ込みました。当時紙芝居が不思議で仕方なかったんですよ。文字も見ずにあんなにしゃべれて、みんながそれに聞き入ってくれて、喜んでくれるという。上達してきたら、なぜか辞めた幼稚園に行って、先生達に披露したりもしていましたね。

――否応なしにプレゼン能力が上達しそうですね(笑)

それもそうですが、幼稚園中退は、強制的にそれまでとは違う環境に放り込まれる、という体験にもつながったと思っています。

幼稚園を辞めると、自分の世界から5歳児がいなくなるんですね。周りに大人しかいなくなる。そうすると、大人と話すしかなくなります。

お昼になると、大人の男性達は仕事に出ているので、団地のおばさん達の井戸端会議に参加するしかない訳です。中身が分からなくても「ふんふん」って聞き入っていました。誰かを喜ばせることだけでなく、大人との接し方、間合いの取り方、環境の重要性を学んだと思います。

「まず『遊べ』」と言われて腐った大学時代

――思いがけず幼稚園時代のお話をうかがってしまいましたが、脇さんが高校卒業後に進学したのは、京都大学ですね。どうして京大を選んだのですか?

本当は、高校の指定校推薦で早稲田の政経(政治経済学部)に行く気満々だったんです。ところが、高校の先生に「お前には(指定校推薦は)やらん。実力で行け」と言われて。だったら、それより上に行ってやるしかないじゃないですか。なので前期・後期で東大と京大に願書を出して、京大に合格した、という訳です。周りに東大・京大を目指すような人がいるような高校ではなかったので、すごく孤独の中で勉強していた記憶があります。

指定校推薦をもらえないと分かったのが高校3年生の夏を過ぎてから。そこから一日15時間以上必死に勉強しました。今だから笑い話になりますが、当時は大人を恨みました。

――なるほど。京大での大学生時代はいかがでしたか?

そんなこんなで血を吐く思いで合格した大学なのに、入ってすぐに先輩に「何をしたらいいですか」と聞いたら「遊べ」と言うんですよ。周囲を見ても、みんなその通りにしている。「みんな、自分より楽をしてても合格できたんだな」と思って、環境がいかに大事かを痛感しました。みんなが同じ目標を目指す環境と孤独で戦う環境とでこんなにも大きい違いがあるのだなと。ここでも改めて、「環境」の重要性を痛感しました。

「みんな」のためって誰のため?

――将来の進路については、弁護士と官僚でずっと迷っていらっしゃったそうですね。学部を卒業してから、神戸大学法科大学院時代に国家公務員試験Ⅰ種(国Ⅰ)に合格、そのあと東京大学法科大学院を再受験して卒業するも、総務省で官僚の道を歩んでいらっしゃると。その理由を教えてください。

まず弁護士と官僚で迷った理由ですが、高校の時くらいから、「みんなのために仕事をしたい」という漠然とした思いがありました。でも誰のことを思い描きながら、仕事をするんだろうって。僕は、今まで出会った人に対してしか、心からの衝動は形成できないんです。それで、「具体的なみんなって誰なんかな」と思ったときに、浮かんだのは自分の親でした。

僕は6人兄弟の末っ子です。4人目の兄弟までは、まだ若くて強い親を知っていますが、僕の場合は、親が年老いて、憧れの存在から守るべき存在に変わっていく瞬間があったんです。

弁護士も、目の前の人を助ける具体的な喜びがある。それにいつでもどこでも仕事ができる。親の介護が必要になった時に、戻れたらいいなと。一方、官僚は親の死に目にも遭えない仕事だと思っていました。一番大切な親すら守れないのに、何が「みんなのため」なのだろうかと。

それで、弁護士になろうと思って法科大学院に入りました。でも、官僚も諦めきれなくて、国Ⅰを受験し合格しました。だけど、今度は親のことが整理できなくて。国Ⅰに合格した年には、面接を受けに品川まで新幹線で行ったのに、引き返すなんてこともやってしまいました。

――最終的になぜ、官僚を選んだのでしょうか。

最初神戸大学の法科大学院に入学したのですが、やはり「実際に制度や通説を作った教授に学びたい」と思い始めて、東大の法科大学院に入学しなおしたんですね。東大の法科大学院で3年間学んで思ったのは、法解釈には限界があるということ。それ以上は立法裁量の問題。その時に無力感を感じたんです。誰かが作った法律を目の前の人のために解釈していくことも重要だけれども、それ以上に、そもそもどうあるべきかといった仕組みや、幼い頃から感じていた「環境の重要性」を一から考えていくことが大事なんじゃないかと。そう思って、官僚の道に進むことに決めました。

ただ、せっかく法科大学院を出たので、資格はとっておこうかなと思いまして。総務省も賛成してくれて、入省後の研修の時期に、研修が終わると東大の自習室に行って、勉強していました。

――入省直後ですよね。その時期は仕事に慣れるだけで大変ではないのですか?

法科大学院の友人達と勉強してましたから、京大受験を一人でくぐり抜けた苦しさに比べれば、それほど大変ではなかったです。環境って大事だなと改めて思いました。

自分の中に、いかに具体的な「みんな」を作っていくか

――脇さん自身が総務省に入って、大変だったことを教えてください。

実際に総務省に入ってみると、「ゼロから制度を作る」なんてありえない訳です。歴史的に認められてきた利益と、変化を求める現代の実情との間で、線を引く。「0か1か」で割り切れる作業ではないです。すでに存在する制度を前提としつつ、どう新しい枠組みを作っていくかに価値がある。

もちろんタクシー帰りもしばしばでしたが、京大受験の時、死ぬ気で勉強したのを思い出してがんばりました。力になったのが、仲間の存在です。

4月から6月くらいまでは全省庁人事院の研修。省庁の障壁にしばられないように、全省庁合同で行われます。そのあと、総務省では新人を地方に出向させて、国だけに染まらないようにしてくれます。

そうすると、仲間が全国に散らばっているので、会える人もどんどん増えていきます。制度設計の上で、マスデータはかなり大事です。でも、現実には「平均的な日本」なんて存在しないんですよ。論理的に美しいものが世の中をハッピーにするとは限らない、と言ってくれた先輩もいて、ハッとしました。

僕一人で捉えられるのは、ある種偏った日本です。でもそこに、全国に散らばっている同期や先輩の知見を合わせると、より的確に日本を「平均的な日本」ではなく、ありのままの「でこぼこの日本」として捉えられる気がします。

論理的には正しそうに見える答えでも、「そうかもしれないけど、俺がいった○○県だと、これじゃ絶対うまくいかない」みたいな。もう場所によって全然違う。経験に勝るものはないなと改めて感じました。でもその中で、仕組みとしてこの国をどうしていくのか、どこで線を引くのか。死ぬほど考える。それが僕らのやりがいだと考えています。

「飲み会も制度設計なんです」

――官僚と聞くと堅苦しいイメージがあるのですが、同期や先輩とのつながりが強いんですね。

自動的につながりができていく訳ではありません。同期とのつながり、民間とのつながり、今日本に起きている様々な課題を解決していくためには、いかにいろいろなネットワークを作って、いろんなセクターが集まって解決していくかが大切だと思っています。

全国の仲間・ネットワークを作っていくために、自分が発起人になって「よんなな会」という団体を作りました。47都道府県の地方公務員と中央省庁で働く官僚がこれまでに1200人以上参加しており、定期的に会合を実施しています。1回あたり300人以上が集まるので、かなり大規模です。まあ、飲み会なんですけど(笑)、ただ飲むだけではなくて、公務員、民間問わず活躍している志ある人に講演してもらう時間も設けています。

目の前の仕事に追われていると、そういった視野が狭くなってしまいがちです。講演が終わった後に、ちょっとだけでもいいから「俺にできることあるよね、やらなきゃならないことがあるよね」という感想を持ってもらえる場にしたい。そして一歩でも半歩でも踏み出してほしいと考えています。そのために、入ってきた時の会場の音楽や演出を工夫して雰囲気を作り出したりとか。そういった意味では、飲み会も制度設計なんですよ(笑)

――これまでに印象に残っている講演者はいますか?

小泉政権時代の元官房副長官ですね。歴代の最長8年間在任した人で、官僚にとっては霞が関の伝説みたいな人なんです。

その人の言葉で、「部下に『ちゃんと考えたのか』と聞くと『はい』と言う。『じゃあ考え抜いたのか』と聞くと『いいえ』と返事が返ってくる。その最後の一歩が大切なんだ」という言葉が印象に残りました。

もともと農家出身の人で「ごぼうを掘る時も、最後の最後が大変なんだぞ」みたいな話をする訳ですよ。

中には「はいはい知ってるよ、最後の一歩が大事なんて」という人もいるかもしれないけど、あの人はなぜあのクラスになれたんだろう、って思いまして。

古典なんかを読んでいても、同じことは書いてあるじゃないですか。感謝しなさいとか。でも、知識として知っているだけでなく、実際に最後まで考え抜いている人、それをやり続けてる人ってどれくらいいるのかなと。知っていることとやるということには大きな違いがあって、やるということがいかに難しいか。公務員組織の中のトップオブトップが何を見て何を考えていたのか、僕個人も非常にエンパワーされましたね。

後編⇒「学生はマリオでいうところのスター状態」 総務官僚・脇雅昭さんに聞く

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