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ハーバード大(教育学修士)とスタンフォード大(経営学修士)という2度の米国大学院での学びを経て、これら海外名門大への留学を支援する事業を展開する、株式会社Crimson Education Japan代表取締役の松田悠介氏。同社やNPO(非営利団体)などで10ほどの非営利事業の運営に関わっている。
教育系NPO法人「Teach For Japan(以下TFJ)」を立ち上げた2012年ごろは非営利の活動に全力を尽くし、「お金よりやりがい」と感じていたという松田氏だが、現在は、営利・非営利の活動を両立。「僕にとっては、今のポートフォリオが“健全”だ」と言い切る。特集「社会貢献は“稼げる”か」第4回は松田氏に、その言葉の意味と変化の理由を聞いた。【橘菫】
1. 営利事業で収入を確保し、ボランティアで非営利活動を行う。TFJ立ち上げ当初からは変わったスタンス
2. スタンフォードではみな、心身の健康を重視していた。つらい経験を経て得た気づき
3. 安定した営利事業の秘訣は、情熱とスキル、そして“生産性”。大事をなす前にスモールステップの積み重ねを
4. 社会課題解決には、行動できる人材が必要。主語を自分において、課題を問い直そう
営利事業で収入を確保し、ボランティアで非営利活動を行う。TFJ立ち上げ当初からは変わったスタンス
――独自に選考した人材を学校に派遣するプログラムを運営しているNPO法人、TFJの設立者という印象の強い松田さんですが、現在は株式会社の経営をされているのですね。
松田:海外のボーディングスクール、名門大学・大学院の進学をサポートする会社と、オンラインのインターナショナルスクールである“Crimson Global Academy”を経営しています。
これは、「社会課題の解決に取り組むリーダーを増やしたい」という思いを持ち続けており、そのために海外留学がとても大切だと感じているからです。海外に行くことで、視座の高い人と出会って切磋琢磨し、日本を客観視して可能性と課題の両面を見る。そういう経験が社会起業家としてのアイデンティティーを形成すると信じています。
株式会社とはいえ、非営利のことにも取り組んでいます。YouTubeチャンネルでは、海外進学を支援する無料の動画を出していますし、「BLAST! SCHOOL」という、高校生が無料で参加できる社会課題解決のインキュベーションプログラムの理事、メンターもしています。
そして、こうした株式会社の活動とは別に、僕個人で行っている非営利活動もあります。TFJの理事も継続しているほか、遺児の支援を行う「あしなが育英会」など複数の非営利事業の運営に関わり、教育課題の解決に取り組む非営利組織を支えるWater Dragon財団の代表でもあります。
――営利、非営利の活動を両立されているということなのでしょうか。
松田:はい。まずは本業である株式会社で、社会課題の解決に取り組みながらも、きちんと収益を出す。そこで収入が安定するから、自分の経験を生かした非営利の活動にボランティアとして関わっていける。僕にとっては、このバランスが“健全”だと感じています。
もちろん、人生をかけて非営利一本で勝負している優秀な社会起業家もいて、彼らのことを本当に尊敬しています。しかし、それは誰にでもできることではありません。たとえそれができなくても、こうして本業で収入を得つつ、週末や平日の夜を利用して副業的に社会課題の解決に取り組むような人が、世の中に増えていくといいなと思います。
――TFJ立ち上げ当初の松田さんの著作を読み、非営利一筋といいますか、「お金よりもやりがいの方が大切なのだ」という考えを持っているのかと思っていました。
松田:やりがいは大切ですが、お金の点に関しては、TFJ設立当時と今で、考え方が異なっています。当時の僕は、「お金のために働くんじゃなくて、自分のやりたいことをやることが大切なのだ」と考えており、他の人にもそのような助言をしていました。
でも、今はそういうことを言うことはありません。変化のきっかけは、TFJ時代の2016~2017年、大きく体調を崩したことです。自律神経失調症になり、医者にかかりました。
最終的には、「このまま続けても、自分のためにも組織のためにもならない」と判断し、TFJの経営から離れることになりました。自己犠牲を払って子供のように育ててきた団体を離れるのは本当につらかったです。
その後、スタンフォードへの留学を経て、自分を心身ともに立て直し、社会課題を解決するためには、自分が精神的にも、そして経済的にも安定していなければならない、と感じるようになりました。だから、僕は今、営利の観点もしっかり大切にしながら、社会課題解決に取り組むという仕事のポートフォリオを組んでいるんです。
スタンフォードではみな、心身の健康を重視していた。つらい経験を経て得た気づき
――体調を崩し、つらい思いをされた時のことを、詳しく聞いてもいいでしょうか。
松田:当時は頑張り方を間違っていたかもしれない、と思います。もともと僕は、「社会課題を解決しよう」と思って活動していたわけではありません。自分が解決しないといけないと思った教育課題に対して、正直に、全力で取り組んでいただけなのです。
TFJの設立当初は、純粋に自分が取り組みたい活動に没頭することができ、やりがいでいっぱいでした。そのうち、多くの人に活動を知ってもらうためにメディアに出て、寄付をいただくようになると、事業の難度が高まっていきました。寄付や支援をもらうことは、一見順調に事業が成長しているように見えますが、多くのステークホルダーの異なる期待を受け、かじ取りが複雑になる側面もあるのです。
そしていつの間にか、社会から求められる「社会課題解決」と実際に行えていることとのギャップや、さらにはそれと自分が本当にやりたいと思っていることとのずれを感じるようになりました。
寄付をもらっている責任感、自分を犠牲にしてでもやらなければという義務感から必死に取り組みましたが、どんなに頑張ってもギャップやずれは縮まらない。さらに組織のマネジメント上の課題も出てきて「このままでは組織も自分も崩壊してしまう」と、理事会での議論を経て退任しました。電車に乗るだけで胃がけいれんしてしまうほど、心身がダメージを受けており、ギリギリの状態でした。
――当時の苦労に加え、2度目の渡米となるスタンフォードでの経験が、現在の松田さんの考え方の礎石となっているということなのですね。
松田:はい。スタンフォードで見た一流のリーダーたちは、心の健康、体の健康を強く意識していました。シリコンバレーのテック企業を見ても、食事とトレーニング施設の福利厚生が充実していたり、マインドフルネスの施設があったり……。社会課題解決の前にまずは、自分の心と体の健康を大切にすることが重要だ、そう認識したことは、大きな財産です。
また、社会課題解決とお金に対する考え方も日米では大きく違います。アメリカでは、ソーシャルイノベーションに関わるような求人広告に年収1,000万円以上のオファーが当たり前のようにありました。そのトップでは、数千万円という給料をもらっていたりします。
こうした経験から「自分を犠牲にしてまで非営利に心血を注ぐのはもうやめよう」と思うようになったのです。自身の心理的な安心安全が確保されていなければ、他人を救うことはできませんから。
――TFJ時代の話で、もともと「社会課題を解決しよう」と思って活動していたわけではない、というのも意外でした。
松田:僕のキャリアは自分の原体験から始まっています。中学生の頃、いじめられてつらい思いをした経験があります。そこから脱出するきっかけをくれた体育の先生にあこがれて、「一流の教員」を目指していました。
しかし、「子供に向き合う」といった強い思いをもって教壇に立つ中で、違和感を覚えることがあったのです。例えば、僕がどれだけ真剣に子供に向き合っていても、その隣の教室の運営がうまくいっていないと、他の子供の学びにも影響が出ます。
こうした違和感を掘り下げるうち、「子供と向き合うことができる大人を増やしていきたい」と感じるようになりました。そのためリーダーシップマネジメントを学ぼうと、ハーバードに留学したのです。そこで就職先として高い人気を誇っていたTeach For Americaの創設者の講演に感銘を受けたことが、TFJ創設のきっかけでした。
それも「社会課題の解決ができるから」というより、僕が学校単位でやろうと考えていたことが、社会を巻き込み大きなスケールで実現できることにワクワクしたのです。
安定した営利事業の秘訣は、情熱とスキル、そして“生産性”。大事をなす前にスモールステップの積み重ねを
――「営利・非営利のバランス」のため、営利事業の安定は必須かと思います。とはいえ社会課題に向き合う教育事業で収益を出し続けることは、簡単ではない印象があります。「回せている」理由はなんだと考えますか。
松田:現在の自分の事業に対して、(1)強い情熱をもっていること(2)それに必要なスキルがあること(3)誰よりも効率よく生産性高く働いていることの3点ですね。
――情熱とスキルに関しては、これまでの経験・経歴からはぐくまれてきたものと推察できますが、(3)の生産性について詳しく教えてください。
松田:仕事の効率や生産性を上げるため、さまざまな生活習慣を確立しています。自分の弱さを知っているから、いかに弱い自分をコントロールするかということを意識しています。
例えば僕は、午前4時半に起床するのですが、起きるとまず完璧にベッドメイキングをします。そのことで二度寝を防いでいるのです。またベッドメイキングができていると、疲れた1日でも、夜気持ちよく寝つけて「明日もまたいい1日になる」と思えますよ。
さらに、良質な眠りを目指し、ウエアラブルデバイスで自分の睡眠の質を計測したうえで、夜ご飯の時間などを調整したり、寝る前2時間はスマートフォンを触らないようにしたり……。筋トレや食習慣なども含めて、色々なPDCAを回しています。
――事業で収益をあげる秘訣(ひけつ)を聞いて、ベッドメイキングの話になるとは思いませんでした。
松田:「ベッドメイキングをしないやつに収益は出せない」というと言い過ぎかもしれませんが、こうした小さな習慣に、仕事に対する考え方が表れていると感じます。
社会課題解決も、まずはこうした自分のできること、スモールステップから始めることが重要だと僕は感じています。
社会起業家が“ブーム”のように注目されることが多くなり「社会課題の解決をしているのがかっこいい」とか「大切なのはお金じゃないんだ」と思う人もいるかもしれません。しかし、大きな社会課題にいきなり挑むと、僕のようにつぶれてしまう可能性もあります。自分の特性やケイパビリティーを理解して、できることを積み重ねていくのがよいのではないでしょうか。
社会課題解決には、行動できる人材が必要。主語を自分において、課題を問い直そう
――社会課題解決において、お金や健康に対する考え方の日米の違いをこれまで聞いてきましたが、他に日本でこうした事業のハードルになっているものがあるとしたら、なんでしょうか。
松田:人材のレベルの違いでしょうか。社会課題の解決は、とても難しいと思っています。だから、課題に対する共感力だけでなくて、自分で考え行動し、課題を解決できる人材が必要です。
事業構想力やそれを実際に運営していくリーダーシップ、マネジメント力、IR(投資家向け情報)やマーケティングなど、さまざまな力が必要ですが、そこを強く意識できている人は、日本では少ないのではないのかなと思います。その点では、アメリカは人材の質が高く、ゆえにインパクトも大きいですね。
「日本は寄付文化がない」ということはよく言われます。たしかに寄付の総額は違うと思いますが、そこを嘆いても解決にならないですよね。日本でも寄付を集められている人はいますので、「寄付を集められる人と自分は何が違うのか」と主語と課題を自分において問うことが必要と思います。
――松田さんは一貫して、視点を「社会」ではなく「自分」に置いているのですね。
松田:はい。その背景にはやはり、「社会の求めること」と「自分のやりたいこと」「できること」のギャップを感じて苦労した経験があります。しかし、そもそも「社会課題」という言葉の定義も、時代や情勢、そして人によって大きく異なります。
例えば、「社会におけるマジョリティーが、課題だと考えること」が「社会課題」とされがちですが、僕が関わっている財団の支援先には、マイノリティーの人々のニッチな課題の解決に取り組む団体もあります。「社会課題」として認知されにくい少数者の見えにくい課題、解決しても経済的インパクトが少ない課題は解決する意味がないのか? そうではないはずですよね。
あくまで僕のケースの話ではありますが、「社会の課題だから解決する」のではなく、「自分がおかしい」と思うことを解消することを目指す。そのために、「自分のできること」を努力して積み重ね、心身の健康や生活面の安定など「自分を支えるもの」もしっかり担保していく。これが10年間非営利事業に関わってきた、今の僕の価値観です。
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