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「ここ10年、日本で社会課題解決の事業はかなりやりやすくなっている」。NPO(非営利団体)や社会課題解決型スタートアップといった、「ソーシャルセクター」へのコンサルティングを行うファンドレックスの創業者・鵜尾雅隆さんは、現状をこう評する。同社は2008年の創業以来、計380超の事業体を支援するなど、社会事業コンサルの先駆けとして知られる。
2011年の東日本大震災以降に顕著な社会課題への関心の高さ、SNSやクラウドファンディングの普及、世界の市場規模が80兆円近くに達する「インパクト投資」(*1)の拡大などにより、国内の社会事業に「お金が流れやすくなっている」と好感する鵜尾さん。ただ一方で、欧米と比べると各事業体の“稼ぐ力”や従事者の待遇など、発展途上の面もあるのだという。
特集「社会貢献は“稼げる”か」の第2回、「社会事業の担い手は、収益を上げることにしっかりと向き合うべき」とも語る鵜尾さんへのインタビューを通じ、日本のソーシャルセクターが進むべき道や、社会貢献に興味を持つ若手人材が同分野で活躍・成長する可能性などを探る。【藤崎竜介】
*1 経済的利益と同時に、有益かつ測定可能な社会・環境への影響を生むことを意図した投資
1. 日本のソーシャルセクターは発展途上……でもだからこそ、「伸びしろ」がある
2. 市場規模80兆円に迫る「インパクト投資の時代」。社会事業で得られる力が、あらゆるビジネスで求められる
3. 躍進する「収益ハイブリッド型」のNPO。好循環の秘訣は、「お金の入り方に哲学を持たないこと」
4. 米国ではNPOのトップは年収2000万~3000万円が普通。優秀な人材にかけるお金は「コスト」ではなく「投資」
日本のソーシャルセクターは発展途上……でもだからこそ、「伸びしろ」がある
――鵜尾さんはNPOなど、いわゆるソーシャルセクターの資金集めを主に指す「ファンドレイジング」の第一人者です。経済・財政面で同セクターの現況をどう評価していますか。
鵜尾:ポジティブに捉えています。ポイントは、マネタイズしやすくなっていることです。ユーザーに対価を払ってもらう事業、行政の助成金をベースにする事業、寄付による運営が主体の事業などいろいろなビジネスモデルがありますが、いずれにおいても環境は好転しています。
要因の一つが、行政による民間活力の利用が進んでいること。規制緩和などでさまざまな形態の事業者が公共性の高い役割を担えるようになり、行政がNPOや企業に実務を託すケースが増えています。
2つ目がテクノロジーの進展ですね。SNSによって簡単に広報できるようになり、さらにはクラウドファンディングの普及で資金調達のハードルも下がっています。
3つ目は、優秀な人材が参画してきていること。例えばマッキンゼー・アンド・カンパニーの出身者が立ち上げたNPOなども、活発に活動しています。
――資金調達や人材の参画については、2011年の震災の影響も大きいでしょうか。
鵜尾:そうですね。調達環境の変化という意味では、例えば日本ファンドレイジング協会がまとめる国内の年間個人寄付額の推移が参考になると思います。2010年は5000億円程度だったのが震災直後に倍増し、以後はそこまでではないものの、2016年に約7800億円と高水準を保っています。最新の2020年の統計は、2021年の秋くらいに公表する予定です。
◆日本ファンドレイジング協会の「寄付白書2017」概要を基に作成
――新型コロナウイルスの影響で、また増えそうな感じはしますね。
鵜尾:そうかもしれません。そのようにして日本でもソーシャルセクターにお金が回りやすくなっているのは、事実です。
ただし、十分かというと、必ずしもそうではありません。例えば、社会課題解決型スタートアップのIPO(新規株式公開)が相次ぐような状態には至っていませんし、また、成功した経営者ら富裕層による寄付や慈善基金設立といった取り組みも、欧米ほど一般化していません。
――ある意味、発展途上であると。
鵜尾:はい。でもだからこそ、伸びしろがあると思っています。さまざまな“仕掛け”をする余地が、まだ豊富にあるというか。例えば海外で成り立っている社会事業のモデルがまだ日本に存在していないなど、“フロンティア”が残されている印象です。
市場規模80兆円に迫る「インパクト投資の時代」。社会事業で得られる力が、あらゆるビジネスで求められる
――ソーシャルセクターは寄付だけでなく、投資という形でも資金を集めやすくなっている印象です。
鵜尾:そうですね。経済的リターンと社会的リターンの双方を追い求めて投資する、インパクト投資が世界で急拡大しています。グローバルの市場規模は80兆円近く(*2)に達し、日本では少なくとも3179億円(*3)の投資残高があるとされています。日本は海外と比べると規模はまだ小さいですが、エコシステムができつつある萌芽期といえる状況ですね。
*2 The Global Impact Investing Network(GIIN)「インパクト投資家に関する年次調査・2020年版」より
*3 The Global Steering Group for Impact Investment (GSG)国内諮問委員会による「日本におけるインパクト投資の現状2019」より
――日本でもインパクト投資やESG投資(*4)をテーマとしたファンドの組成など、実例が出始めています。
①.日本インパクト投資2号ファンドの組成 | |
規模 | 26億円(2019年12月時点) |
投資元 | GP(無限責任組合員)出資:日本インパクト投資2号有限責任事業組合 LP(有限責任組合員)出資:新生銀行、みずほ銀行など |
時期 | 2019年6⽉28⽇〜(10年程度) |
投資先 | ライフイズテック(株)、ユニファ(株)、エール(株) |
②.五常・アンド・カンパニーへの投資 | |
規模 | 10億円 |
投資元 | 国際協力機構(JICA) |
時期 | 2019年8月22日 |
投資先 | 五常・アンド・カンパニー(株) |
③.AsMamaへの投資 | |
規模 | 3000万円 |
投資元 | 日本ベンチャー・フィランソロピー基金(JVPF) |
時期 | 2015年8月~2019年8月 |
投資先 | (株)AsMama |
*4 環境(Environment)、社会(Social)、企業統治(Governance)を重視した企業を選別して実施する投資
鵜尾:増えていますね。一連の動きは、先進国の資本主義が岐路に立っていることの表れといえそうです。インパクト投資という概念は、2013年に英国で開かれたG8サミット(主要8カ国首脳会議)を機に本格的に推進されるようになったのですが、そのサミットではinvisible heart of markets(市場の見えざる心)という言葉が掲げられました。
――アダム・スミスが「国富論」で提唱したinvisible hand of god(神の見えざる手)に呼応したフレーズですね。
鵜尾:はい。アダム・スミスは、一人一人が自己の利益を追い求めると需給に基づく価格の調整作用、つまり神の見えざる手により市場が最適化され、また自由競争で劣位に立つ弱者は徴税と公的サービスを通じた富の再分配を受けることで、社会全体がうまく回るという考えを軸にしていました。
彼は国富論以外の本で「それだけでは足りない」といった趣のことを記していますが、基本的な考え方は今述べたとおりです。
――その局所的な利益や効率の追求、競争が進み過ぎた結果……。
鵜尾:先進諸国では格差拡大、行政の財政危機、公的サービスの品質低下、環境問題など、さまざまな社会課題が顕在化してきました。アダム・スミスが生まれてから300年近くになります。「別の軸」が求められる中で欧米を中心に広がっているのが、インパクト投資やESG投資の考えです。
――局所的な利益ではなく社会全体の利益を考えてお金を回す、と。競争型資本主義からの転換ということでしょうかね。
鵜尾:そう思います。キーワードは共感・共創ですね。競争ではなく。この流れは、今後もグローバルで加速していきそうです。
――米国西海岸のスタートアップの動きなどを見ると、そうした潮流を感じます。今回のテーマはソーシャルセクターですが、その他の一般的な企業においても社会全体の利益を「意識せざるを得ない」時代になる、といえそうでしょうか。事業などを通じた社会貢献のメッセージ性が弱いと、資本市場からもユーザーからも支持を得にくくなるというか。
鵜尾:そうですね。なので、あらゆるビジネスパーソンが、「共感し」「共感され」「周囲と共創する」力を今まで以上に強く求められるのだと思っています。あくまで一例ですが、生産者の就労環境に配慮したコーヒー豆の商品を企画した場合、それを小売り側が扱ってくれるかは、ストーリーをしっかりと伝えて、共感を得て、取り組みに「巻き込めるか」で決まりますよね。
経済全体がそのように「共感資本主義」ともいえる形にシフトする中、NPOや社会課題解決型スタートアップは先駆者としてドアを開けていく役目を担っています。その意味で、ソーシャルセクターに関わることは、今後さらに求められる共感・共創の経験や力を得る上で、良い機会になると思います。
躍進する「収益ハイブリッド型」のNPO。好循環の秘訣は、「お金の入り方に哲学を持たないこと」
――ソーシャルセクターの組織を数多く支援してきたと思いますが、収益面でうまくいくのはどんなケースなのでしょうか。
鵜尾:有名なところでは、認定NPO法人のフローレンスですね。2004年に設立された後、2008年ごろにはメディアで盛んに取り上げられ、NPOのロールモデルの一つになりました。当時の年間収益は1億円程度でしたが、今では30億円くらいにまで拡大し、600人近くのスタッフを雇用する規模に至っています。
――フローレンスの優れている点とは。
鵜尾:ハイブリッド型の収益モデルですね。病児保育事業などではユーザーに対価を払ってもらう一方、ひとり親の支援事業は寄付を集めて成り立たせています。また、小規模保育事業では行政の助成金も利用しているんです。
◆フローレンスのアニュアルレポートを基に作成
――戦略性が高いですね。
鵜尾:その通りです。別の例ですが、雑誌「THE BIG ISSUE」の日本版を手掛ける有限会社ビッグイシュー日本は、刊行物の販売で収益を上げつつ、傘下に非営利団体を設けて寄付金を集めています。
日本の社会起業家は「収益型」「寄付型」などとモデルを明確に分けて、例えば「寄付には頼りません」「助成金は使いません」などと、ある種哲学的に考える方が多いのですが、お金の入り方についてはそのような哲学はなくてもいいと思っています。
――日本では社会事業、特にNPOのような存在に対して「ストイックさ」「ピュアさ」が求められる感じがします。社会事業で「稼ぐ」ことに、時に抵抗感が生じるというか。
鵜尾:そこが問題でしょうね。多くの社会的な団体が、収益を出すことにもっと正面から向き合うべきなのだと思います。そうしないと、本当の意味での社会課題解決は近づきません。
米国ではNPOのトップは年収2000万~3000万円が普通。優秀な人材にかけるお金は「コスト」ではなく「投資」
――NPOはNon-Profit OrganizationだけではなくNot-for-Profit Organizationも含みますしね。収益が十分でないと、優秀な人材の確保が難しくなるという問題もあります。
鵜尾:ソーシャルセクターの従事者の待遇については、以前と比べてずいぶん良くなってはいるんです。新公益連盟による調査(*5)では、国内の一般的な中小企業より高水準という結果が出ています。NPOの話だと、中堅以上の団体で幹部級の年収が1500万円を超える例も出始めました。
*5 「ソーシャルセクター組織実態調査2017」より
とはいえ、欧米の水準にまでは至っていません。米国だと、多くのNPOで事務局長の年収が、だいたい2000万~3000万円くらい。もちろん金融、コンサル、ITといった業種と比べれば低いのですが、十分いい生活ができるレベルです。
実は、米国もNPOができ始めた1950年代は、もっと給与が低水準でした。それが1970~80年代になり、世代交代の時期になると優秀な人材を引き入れるために給与水準が上がっていったんです。日本で社会起業が増え始めたのは2000年前後。これから米国のような流れになっていくのではないかと期待しています。
――ところで、先ほどソーシャルセクターも戦略的な収益モデルが必要との話が出ましたが、そうなると他の一般的な企業、例えばプロフェッショナルファームなどを経験した人が参画する意義も大きそうですね。
鵜尾:そうですね。仮説検証を繰り返して戦略性の高いモデルを作る必要がありますし、企業での経験は生きると思います。なのでファーストキャリアでなくとも、人生のどこかでソーシャルセクターに関わることを、多くの人が視野に入れるようになってほしいですね。
一度NPOなどに転職して、また一般企業に戻るパターンも今後は増えるのではないかと思います。そして、それはそれで大きな価値になるんです。例えば、大企業に在籍しつつ、社会起業家らとの“つなぎ役”として活躍する「バウンダリースパナー」のような人が、これからもっと求められるはずですから。
それから、本業としてではなくソーシャルセクターに関わる道もあります。
――日本社会全体として副業の自由度が高まっていますしね。
鵜尾:中でも大企業で働く人たちにとっては、ソーシャルセクターでの副業やプロボノで学べることは多いと思います。1つの組織、特に大きな組織で長らく仕事をすると同質性に基づく「内向きの共感」が染みつきがちですが、NPOなどで求められる共感はバックグラウンドの違いを越える「外向きの共感」で、少し異なるものです。
また、ソーシャルセクターへのキャリアチェンジを考える場合も、まずは副業などで関わるのがいいのではないでしょうか。それらを通じて、社会起業家、従事者、支援者らがどのように共感・共創し合っているかを見つつ、感覚をつかむことができますからね。
◆インタビューはオンラインで実施
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