日産の約1兆円調達を支援―。熟練バンカーを“しびれさせた”コロナ下の大型案件【J.P.モルガン】
2021/03/25
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2020年9月、新型コロナウイルスによる経済への打撃が続く中、国内屈指の名門企業が計1兆円超の資金調達を行い、話題を呼んだ。日産自動車による、ドル・ユーロ建ての債券発行―。同社にとって外貨建て債の発行は、1999年に仏ルノーと提携した後では初(*1)。前例に乏しいこの調達を支えたのが、主幹事の1社、J.P.モルガンで債券資本市場部長・マネージングディレクターを務める加藤政紀氏だ。
日産にとっては再出発ともいえる重要局面であり、なおかつコロナ下特有の難しさもあった。
ゆえに発行直前の数日を、「“強烈”な日々だった」と振り返る加藤氏。その活躍ぶりを、特集「外資戦略コンサル・投資銀行は、新型コロナとどう闘ったか」第2回として紹介する。【藤崎竜介】
*1 傘下で米国販売金融会社のNissan Motor Acceptance Corporation(NMAC)による発行を除く
1. 巨額赤字からの再出発……。「大事な局面」で始動したドル・ユーロ建て債プロジェクト
2. 海外債券市場への“デビュー”となる「デットのIPO」。投資増の好機を生かすため、スキーム構築を加速
3. コロナによるリモート主体の難しさ。“ボール”を落とさぬよう細心の注意を払う
4. 有力投資家の一挙手一投足などで「目まぐるしく状況が変わる」……。あっという間だった発行までの数日間
5. 外債発行は日本企業にとってポテンシャル領域。市場への「アクセス作り」が勝ち残りの道になる
巨額赤字からの再出発……。「大事な局面」で始動したドル・ユーロ建て債プロジェクト
「日産のポテンシャルは、こんなものではない」
ドル・ユーロ債発行から3カ月ほどさかのぼる2020年5月28日、日産の内田誠社長はコロナの影響からオンライン実施した決算会見で、強気に言い放った。
国内外での販売不振や構造改革費の減損などで、同年3月期連結決算は営業損益で405億円の赤字、当期損益で6712億円の赤字を計上。同じ年の1~3月から出始めたコロナの影響もあり、収益環境は厳しさを増していた。さらに同社の場合、カルロス・ゴーン元会長が推し進めた極端な拡大路線という、“負の遺産”も重くのしかかる。
それゆえ決算と同時発表した事業構造改革4カ年計画「NISSAN NEXT」は、再出発の色合いが強いものとなった。
そんな状況下、時をほぼ同じくして始動したドル・ユーロ建て債の発行プロジェクト。計4社が名を連ねた主幹事の一角、J.P.モルガンで責任者を務める加藤氏は、「自動車産業全体も大きく変わっている。とても大事な局面」と責任の重さをかみしめていた。
海外債券市場への“デビュー”となる「デットのIPO」。投資増の好機を生かすため、スキーム構築を加速
責任の重さは、これが日産にとって“デビュー案件”だったことにも起因する。外貨建て債の発行は、ルノーとの提携下では初の試み。「金融の世界では『デットのIPO』(*2)などともいわれるもの。海外投資家らに新たな銘柄をよく理解してもらうための取り組みや、入念な準備が求められた」と加藤氏は振り返る。
*2 デット(Debt)は債券発行などで調達する他人資本。IPOは新規株式公開
近年、同様に海外債券市場の活用に乗り出す日本企業は、増えつつある。グローバル事業拡大を見据えた外貨獲得のほか、事業環境の変化が激しい中、資金調達手段の多様化につなげる意味合いも強い。2021年2月にセブン&アイ・ホールディングスが、同じく1兆円超(109億5000万ドル)のドル建て債を米子会社経由で発行したことも、記憶に新しい。
日産のケースだと、「流動性資産は既に十分にあった。他方で将来のために海外資本市場へのアクセスを作り、調達を多様化する意義があった」と加藤氏は説く。
なおかつ同社にとっては、以後4年の羅針盤ともいえるNISSAN NEXTが始動するタイミング。“ネクストステージ”への布石とすべく、加藤氏ら主幹事側は日産の経営陣と綿密に協議しつつ、債券の発行スキームや販売戦略などを練り上げていった。
一般に外債で巨額調達する場合、ポイントになるのが、各通貨や償還年限などの構成バランス。「ドルで何年と何年のものをどれくらい出して、ユーロでは何年のものをどれくらい出すか。クライアントが発行したい総額のイメージや市況などを踏まえつつ、ベストミックスを考えて青写真を描いていった」(加藤氏)という。
市況についていえば、債券での資金調達には追い風が吹いていた。
資本市場はコロナ危機が始まってから一度勢いを失ったものの、以後FRB(米連邦準備制度理事会)の対応などにより、急回復した。「入念に準備をしつつも、良い環境なので、できるだけ最短のスケジュールで進めようということになった」と回想する加藤氏。その仕事は、日に日に忙しさを増していった。
コロナによるリモート主体の難しさ。“ボール”を落とさぬよう細心の注意を払う
J.P.モルガン日本法人の投資銀行本部で、債券資本市場部を率いる加藤氏。これまで、2018年11月の武田薬品工業による約1兆6000億円(55億ドルと75億ユーロ)の外債発行をはじめ、数々の重要案件で辣腕(らつわん)を振るってきた。
2000年に富士銀行(現みずほ銀行)からJ.P.モルガンに移り、債券引受業務を経験した後、不動産や金融業界のカバレッジを経て、2014年7月に同部長に就任。「J.P.モルガンはグローバルではもちろんのこと、日本における外債案件の実績も豊富。だからこそ安心して任せてもらえる」と胸を張る。
そうした豊富な実績が“呼び水”となり、舞い込んできた日産の大型調達プロジェクト。名門グローバル企業の再出発を後押しする重要案件とあって、世界中の社員の力を結集する形となった。J.P.モルガン内でプロジェクトに関わったメンバー数は、「数えきれないほど」と加藤氏はほほ笑む。
全体戦略を担う同氏のチームのほか、業界・企業担当として日産に寄り添うカバレッジの部隊、ニューヨーク、ロンドン、香港にて有力投資家と関係を持つシンジケーションのメンバー、さらには各国の債券販売担当など、無数の社員が連携。コロナの影響で対面でのコミュニケーションが難しい中でも、平常時に勝るとも劣らないコンビネーションをみせた。
「リモート主体の難しさはどうしてもある。対面に比べて伝わりにくいこともあるので、そこは誤解などが生じないように極力丁寧なコミュニケーションを心掛けた」と、各チーム間の調整などに奔走した加藤氏は思い返す。
コミュニケーションという意味では、日産側とのやり取りにも細心の注意を払った。「クライアントにとっては初めての経験。だからこそ誰が“ボール”を持っているかなどをこまめに確認しつつ、そのボールを落とさず、狙ったスケジュール通りに進むよう努めた」(加藤氏)という。
有力投資家の一挙手一投足などで「目まぐるしく状況が変わる」……。あっという間だった発行までの数日間
「なかなか“強烈”な日々だった」
加藤氏は債券発行に至る直前の数日間を、こう懐かしむ。
2020年9月頭、J.P.モルガンなど主幹事社は債券発行に先立つロードショー(機関投資家向けの説明会)の日程を、同月8・9日の2日間に設定。その場を、日産が掲げるNISSAN NEXTの意義などを欧米やアジアの投資家へ伝える機会に位置付けた。
「コアマーケット、コアプロダクトに集中する中期戦略への理解を深めてもらうこと。これが何より大事だった」(加藤氏)という。
しかしながら、そこから発行に至るまでのプロセスは、不確定要素に満ちていた。世界的大企業とはいえ、ドル・ユーロ債市場で日産は“新顔”だ。加えて同社については、ゴーン元会長の解任など、過去のネガティブなイメージもつきまとう。「万全の準備をしたが、投資家の反応を見ないと分からない面は多々あった」と加藤氏は明かす。
なおかつコロナの影響で、投資家との対話も従来とは異なるフルリモート形式。ゆえに準備段階ではプロジェクト関係者の間に、やや緊迫したムードが漂っていた。
こうして日本時間の9月8日に幕を明けたロードショー。ふたを開けてみると、投資家の反応は想定以上のものだった。米国系を中心に、世界各地の有力な投資家の多くが、強い関心を示したのだ。「クライアント側も、自社のブランドを再認識したのではないか」と、加藤氏は推し量る。
それから諸条件が確定した11日まで、同氏らが担った重要な仕事が、投資家の反応をこまめに検証しつつ発行額や償還年限などの細部を調整し、既存の青写真を“磨いて”いくことだ。
「リアルタイムでさまざまな情報が入ってきて、目まぐるしく状況が変わる」(加藤氏)中、スピード感と慎重さの両方が求められ、緊張感を保ったままぎりぎりの調整が続いた。
その過程では、世界的に著名な投資家による大量購入の意思表示などもあった。「そういった“ニュース”があると、大変な仕事をしている中でも勇気づけられる。クライアントとも逐次共有して、『いよいよ目標額が見えてきましたね』などと密にコミュニケーションを取っていた」と加藤氏は感慨深げに話す。
そんな「しびれるような」経験に満ちた強烈な日々―。時はあっという間に経過した。
10日にはドル債が償還年限3年、5年、7年、10年の計80億ドル、翌11日にはユーロ債が同3年、5.5年、8年の計20億ユーロの条件に決定。「思い描いていた通りの調達規模や諸条件にすることができた」と加藤氏が評価する異例の巨額外債は、翌週17日、一斉に発行された。
外債発行は日本企業にとってポテンシャル領域。市場への「アクセス作り」が勝ち残りの道になる
コロナによる制約をはじめ、「(今回のインタビュー取材で)お伝えできないこと」を含めて幾多の難題を乗り越えつつ、大型調達を支えた加藤氏。プロジェクトが終わりしばらく経った今、日産の前向きなアクションを喜びとともに見つめている。
「コアマーケット、コアプロダクトにフォーカスする戦略が、実行されている。テレビで新型車のCMなどを見ると、応援させていただいた身としてうれしい気分になる」と笑顔で語る。
日産は2020年に小型SUV(多目的スポーツ車)「キックス」の日本投入や、小型車「ノート」のモデルチェンジなどを敢行。2021年も次世代EV(電気自動車)「アリア」の発売、SUV「エクストレイル」の刷新を予定するなど、製品戦略を加速させている。同業他社と比べコロナによる販売減からの回復が遅れ、ラインアップの弱さがその主因とも指摘されるだけに、この“新車ラッシュ”は反転攻勢を期待させる。
さらには同年2月、同3月期連結業績について、当期損益の赤字幅が従来予想から850億円縮小する見通しも発表。コロナによる難局の中でも、構造改革が進んでいることを印象づけた。
そうした製品戦略や構造改革を下支えするものであり、またその調達規模などから、加藤氏が「ある意味シンボリックな案件になった」と評す今回の外債発行プロジェクト。日産の資金調達の歴史においても、節目の一つに数えられるかもしれない。
同氏は他の日本企業に対しても、グローバルで勝ち残る道の一つとして、このような「デットのIPO」を引き続き支援していく構えだ。
「海外の債券市場は“厚み”があり、中長期でも活用できるポテンシャルがある。そこへのアクセス作りをお手伝いすることで、調達の多様化など、戦略的な企業運営をサポートしていきたい」
そう語る様子からは、今回の日産案件をはじめ、幾多の重要プロジェクトを手掛けてきた熟練バンカーの自信と風格が漂う。
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