数百億円の調達コストを削減。コロナ危機下のメーカーを救った戦略コンサルの“論理”【ベイン】
2021/03/26
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新型コロナウイルスの感染拡大により、多くの企業が売り上げに影響を受けている。本記事で取り上げる、ある日系電子部品メーカー(以下A社)も例外ではなく、売上額は前年度比でおおよそ3割減。危機にあるA社を再生に導いているのが、ベイン・アンド・カンパニー(以下ベイン)によるコスト構造改革支援プロジェクトだ。
特集「外資戦略コンサル・投資銀行は、新型コロナとどう闘ったか」の3回目では、同プロジェクトの中で、A社調達部門の支援を担当したマネージャー、斉藤雅弘氏の働きに迫る。A社メンバーのみならず、商材の仕入れ元となるサプライヤー各社との綿密な調整が必要となる現場で、戦略コンサルタントはどのようにコスト改革に臨んだのか。斉藤氏にオンラインで話を聞いた。【橘菫】
1. コロナ危機下のタフな価格交渉現場。“根性論”は通用しない
2. 経験豊富なコンサルタントを“焦らせた”、コロナという異変
3. 目標達成の秘訣は優先順位づけ。「もう十分やっている」という反発にも軸は揺らがなかった
4. 「今どんな表情なんだろう」。常に“カメラオフ”のクライアントに心掛けた丁寧な情報伝達
5. 「地元で合宿を」。ポストコロナに実現したいクライアントの提案
コロナ危機下のタフな価格交渉現場。“根性論”は通用しない
「値下げはできないですね。うちも難しい状況なので」。ある商材の調達交渉の際、A社の調達担当者が、販売価格の切り下げを提案したとき、サプライヤー担当者の反応は厳しかった。
2020年、世界中に急速に広まった新型コロナウイルスが、サプライチェーンを寸断。都市のロックダウンによる工場の稼働停止や国境を越える輸送の遅延により部材の供給は滞り、生産を一時停止せざるを得ないメーカーも多数あった。モノづくりの現場は、総じて大きな混乱に陥っていたといえる。
こうした情勢により売り上げが減少しているのは、A社のみならず、このサプライヤーも同じ。値下げをすると赤字になるから応じられない、というのが、サプライヤー側の主張だ。
しかし、A社調達担当者は落ち着いて、資料を提示しながら言葉を重ねた。コロナの影響を加味したマーケット動向と市場価格はどれほどか、個々の商材のスペックや特徴を踏まえて積み上げた想定コストと今の売価の差分はどれくらいか……。
ロジカルな説明から示唆されていたのは、価格をあるラインまで下げてもサプライヤー側が一定の利益を確保できること。最新のデータを踏まえた議論の末、最終的に両者が納得できる価格にまとまった。
こうした交渉をサポートしたのが、斉藤氏ら、ベインのコンサルタントチームだ。彼らはA社の調達担当者のように、直接サプライヤーと交渉するわけではない。しかし、専門家への市場動向のヒアリングから、交渉材料となる分析、その資料や進め方などの助言まで、後方支援は多岐にわたった。
「価格交渉はときに“根性論”で語られがち。しかし『がんばってなんとかしてくれ』という押しつけは、コロナの影響下にあるタフな現場では通用しない。必要となるのは、サプライヤー側はもちろん、実際に交渉に臨む調達担当の方も納得できる、正確な情報とロジックだ」と、斉藤氏は断言する。
経験豊富なコンサルタントを“焦らせた”、コロナという異変
斉藤氏は、新卒で就職以降、一貫してコンサルティングの道を歩んできた。2014年に東京大学大学院工学系研究科を修了し、新卒では総合系の外資コンサルティング会社に就職。M&A戦略策定などに携わり、2016年、ベインに入社した。
「ベインは“結果主義”をうたっており、クライアントや社会にとって最大限の価値を提供するという視点から、本当に正しいと思うことを忖度(そんたく)せずに提言する“True North”の信条がある。扱う案件としても、全社戦略に携わるようなものが多い。文化と案件特性、この2つの特徴から、クライアントにより大きな貢献ができると感じた」と、その理由を語る。
ベイン入社後は期待通り、組織再編など全社にインパクトを与える案件を複数経験。昇進を重ねて今回のコスト構造改革支援プロジェクトを迎え、取材当時の2021年2月には「マネージャー」となっていた。
今回の案件はもともと、コロナによる感染症の発生が騒がれるより前、2019年冬に始動している。A社が主に手掛ける領域は近年コモディティー化が進んでおり、社会に対して持続的に価値を提供し続けるために、コスト削減が経営における重要なテーマの一つだった。
ベインはA社の相談を受け、数十人の大規模チームを組成。オーストラリアや中国オフィスのメンバーも含めたグローバルな支援体制を構築した。
その中で斉藤氏の役割は、直接材(※)の調達現場を支援すること。当初は「コスト改革戦略の立案から成果実現まで、一気通貫でサポートできるまたとない機会」(斉藤氏)と意気込んで参画するも、コロナの感染拡大という異変を受け、プロジェクトは想定以上に「チャレンジングになった」という。
※直接材…自社生産品の原材料や部品など、製品を直接構成し、売り上げに直結する資材のこと。それ以外で業務上に必要な消耗品は「間接材」と呼ばれる。
A社において、調達現場に関わるサプライヤーは千社を超える規模。「各社それぞれがコロナの影響を受けており、通常以上に価格交渉は難しくなった」。落ち着いて回想する斉藤氏からは不測の事態にも冷静沈着に対応した印象を受けたが「正直に言えば、内心すごく焦る場面もあった」と明かす。
「本当に目標とするコスト削減額を達成できるのか……と不安を感じることもあった。しかし、コンサルタントはクライアントの背中を押すことも一つの役割であり、背中を押す側は不安を表に出してはいけない。困難な場でも『正しいことを考えぬき、進言する』というTrue Northの精神と『必ずやり切るんだ』という、責任感で自分を支えていた」
目標達成の秘訣は優先順位づけ。「もう十分やっている」という反発にも軸は揺らがなかった
コロナの影響にもかかわらず、斉藤氏らのチームは、数百億円のコスト削減という年間目標を達成したという。この成功の秘訣(ひけつ)は何だったのだろうか。
「大きな結果につながったのは、経営的な視点からコスト削減の戦略を立案し、実行すべき施策の優先順位をつけたから」。冒頭に挙げた外部との価格交渉も、数ある施策の「ごく一部にすぎない」と斉藤氏は言う。
「コスト削減の手段はたくさんあるため、思いつきベースでも色々と施策が提示できるが、全部を実行すると現場は当然パンクしてしまう。結果的にどれも成果が出ないということが起こりうる。そのため、各施策の実現可能性やインパクトを慎重に見極めることが重要だった」と、斉藤氏は力を込める。
こうして全体的な戦略を立案しても、実行の主体となるのはA社の調達メンバーだ。クライアント側が自ら実行し、高い目標を達成するプロセスでは、また別の苦労もあったという。
「すでにコスト改革への意識を強く持っているA社内のあるチームにおいて、我々の提案に対し『それはもう十分にやってきた』『人手が足りなくてすべてやるのは無理だ』といった反応が実行主体となるメンバーのキーパーソンからあり、結果的に成果の刈り取りが遅れてしまった」
斉藤氏は、このチームの状況を見て、意思決定を行う部長クラスとの会議とは別に、実行を担う課長と現場メンバーとのコミュニケーションを密に取るよう動いたという。実際に動いている調達担当者に対して既存の取り組みとの差分を納得してもらえるまで説明したり、担当者の意見を聞き目標に対して彼らが感じている障壁を取り除いたりして、やるべきことの取捨選択ができるようなサポートを行うためだ。
「現場の方の率直な声を聞きながら『今はこれだけのリソースなので、こちらにフォーカスすると、より大きいインパクトが出るのでは』という優先度について助言する。その上で、施策を実行するための準備など、実務的な支援も行う。クライアントが実行しやすいよう、このような深く現場まで入り込んだ支援を積み重ねて、目標達成を実現した」
「今どんな表情なんだろう」。常に“カメラオフ”のクライアントに心掛けた丁寧な情報伝達
今回の案件は、コロナの影響で、コミュニケーションの面でも特有の難しさがあったようだ。会議は「9割9分」オンラインで実施。その上クライアント側は、通信負荷を下げるために、Webカメラを起動していないこともあった。画面越しのやり取りの中で、斉藤氏は当初、クライアントの“理解度や納得度”を推し量りにくいことに戸惑いを感じていた。
「face to faceだと『ここは納得されていないな』とか『この部分は理解されたな』といったことが、ちょっとした表情の変化や反応から把握しやすい。しかしオンラインで“カメラオフ”だと、いまどのような表情をされているか、どれほどご理解いただいているかが分かりにくかった」。実際に相手の認識を細かく確かめないままに話を進め、後に齟齬(そご)が生じたこともあったという。
ここで斉藤氏の武器となったのは、クライアントに対して的確なメッセージを伝えるスキルだ。「工夫したのは、明快な資料を作ることとシンプルなコミュニケーション。議論の背景・目的を説明し論点を明確化する、核となるメッセージの言葉を練り込む、定量的な分析結果は軸の定義を明確にする……。すべて基本的なことだが、認識の齟齬が起きやすいオンライン環境下でこれらをさらに徹底した」
過去を振り返ると、ベインでは海外オフィスのメンバーとのやりとりも多く、日常的にオンラインでコミュニケーションがとられていたという。そうした積み重ねにより「コンサルタントとして当然培ってきたスキル」が、このプロジェクトを通じてより一層磨きがかかった。
「こうした経験を経て“フルオンライン”の環境下でも、チームを率いクライアントに価値を提供できる自信がついた。今回の案件の最大の学びの一つ」と、斉藤氏は感じている。
「地元で合宿を」。ポストコロナに実現したいクライアントの提案
斉藤氏の心に残る一日がある。ベインは「クライアントとサプライヤー各社が今後もwin-winの関係を維持できるよう」(斉藤氏)A社が事業戦略などを説明し、今後の取引拡大を示しつつ、互いの要望を交換するイベント開催を提案していた。そのイベントの対面開催が、コロナの感染拡大がやや落ち着いたタイミングでかなったのだ。
当日登壇するA社メンバーに対し、斉藤氏らはオンラインで、サプライヤーに伝わりやすい、論理的な説明や資料を作るためのサポートを続けていた。斉藤氏は、数カ月間、画面越しで話していたクライアントと対面できた「不思議な感覚」や、これまでの支援が実行に移される感慨をおぼえていた。そこで、ある地方から来たクライアントに、忘れられない言葉を掛けてもらったという。
「『ぜひうちの地元で合宿をしませんか』と提案を受けた。その言葉が意味していたのは、これまで以上に距離を縮め、時間を使って意見をもらい、施策推進を加速させたい、ということ。私たちの支援に高い価値を感じてくださっていたことがよくわかり、感無量だった。コロナが終息した後に実現したい」
プロジェクトは2021年2月現在も継続している。コロナ禍で、各部材の価格も激しく変動するなど、調達現場では気を抜けない日々が続く。しかし斉藤氏の姿勢は、この局面でも、ポジティブだ。
「2020年12月にマネージャーに昇格し、これまで以上にクライアントの経営層とコミュニケーションをとる機会が増えた。一方で引き続き、調達現場のメンバーとも実行に向けた深いサポートを継続している。確かに難しい環境ではあるが、経営レベルの課題をとらえ、現場の方と結果が出るまで伴走しきる経験は、振り返ったとき、大きな意味を持つだろう」
今後も斉藤氏はA社のコスト改革の実現に向け、自信を胸に、プロジェクトを推進していくつもりだ。
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