10年以上勤務した大手テレビ局からTikTok1号社員へ
2020/11/04
#「日本第一号」たちの未来志向

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特集『日本第一号』たちの未来志向」第7回に登場するのは、TikTok Japanの第一号社員・伊藤王樹さん。TikTok Japanといえば、若年層を中心に幅広い層に人気のショートムービープラットフォーム「TikTok」の運営会社だ。

前職では大手テレビ局で10年以上勤務し、報道番組などのディレクターを務めていた伊藤さん。彼は、一度に大勢の人に向けて情報発信ができるメディアにいながら、それが一部の人の「特権」となっていることに違和感を抱いていたという。そんな伊藤さんがTikTokに見出したメディアの未来像とは――。【南部香織】

〈Profile〉
伊藤王樹(いとう・おうき)
TikTok Japan Global Business Development Director。 慶應義塾大学政策・メディア研究科修士課程修了後、大手テレビ局に入社。番組制作や国際報道に携わる。2017年にTikTok Japanへ参画。TikTokのユーザー拡大や、コンテンツクオリティ向上のため外部企業とのパートナーシップ締結といった業務に従事している。




 

「すべての人がクリエイターになれる」。そのコンセプトに感銘を受けた

ーーTikTok Japanに入社した経緯を教えてください。

伊藤:知人にTikTok Japanの人を紹介されたのです。会社のことを調べてみると、CEOが「TikTokはすべての人がクリエイターになれるプラットフォーム」と言っている動画を見ました。そのコンセプトに感銘を受けたんです。それでもし自分が役に立てるなら、と思いジョインしました。

ーーTikTok Japanの方は、採用のために伊藤さんと会ったのでしょうか。

伊藤:私はそのとき大手テレビ局で報道番組のディレクターをしていました。ですから日本のメディアの現状を聞きたい、よい人であれば採用したいという両方の意図があったと思います。

ーー当時、同社のことは知っていたのですか。

伊藤:入社した2017年当時は、TikTokのサービスをまさに今から日本で広めようとしていた時期です。私のみならず、日本人はほとんど誰も知らなかったのではないでしょうか。

ーーコンセプトに共感したとはいえ、大手テレビ局を辞めるのは勇気がいったのでは。

伊藤:新しい場所に飛び込んでやったことのない仕事をする不安はもちろんありました。一方で、安定した場所に留まり続けるリスクもあると感じていました。もしも今、社会がガラッと変わったら、自分はそれに対応できないかもしれないと思っていました。最終的には、新しいことを始めることへの期待が勝りました。

ーーいわゆる「ニューメディア」には元々関心があったのですか。

伊藤:実は、学生の時にメディア論、情報学を専攻していて、インターネットメディアがコミュニケーションにどう影響するかを研究していました。その共同研究者が、学生にカメラを渡して動画を撮影させ、字幕をつけてインターネット上で配信する、という実験をしていたんです。

それが2000年代初めのころで、インターネットで動画を共有するサービスなどない時代です。若い人たちがいきいきと撮影する姿、そしてその成果物がウェブ上にシェアされる光景は未来感があり印象的でした。

これまで情報というのは、大手メディアなどから大衆に向かって、一方的にもたらされる構造だったと思います。自分たちが考えたこと、伝えたいことを一度に大勢の人に発信できるのは一部の人、つまりメディアにいる人間の「特権」だったわけです。

しかし、私はメディアの人間でありながらそれには違和感を抱いていました。どんな人でもクリエイティブな情報を発信できるプラットフォームも必要ではないかと思っていたのです。それもジョインした理由のひとつです。TikTokにはその構造を変える力があると感じたんです。

私が就職活動をしていたときには、そのような会社はまだありませんでした。映像制作そのものにも興味があったのでテレビ局に就職しましたが、TikTokを知り、「とうとうこの時がきたか」という感覚がありました。 description

自分たちが語った「未来」が実現していくうれしさ

ーーBusiness DevelopmentチームのDirectorとして入社したそうですが、どんな役割なのでしょう。

伊藤:TikTokというショートムービープラットフォームを魅力的なものにするために、外部の企業とパートナーシップを組むというのがメインの仕事です。

その結果として例えば、テレビ局や出版社、インフルエンサーの方々からコンテンツを提供していただきました。また、ユーザーが動画を作るときに使う音楽を、外部パートナーと一緒に用意したり、使用する権利をいただいたりもしています。入社当初はその仕事が中心でした。

ーーどんな部分が大変でしたか。

伊藤:大手テレビ局にいたときは「自分たちが何者なのか」を説明する必要はなく、前置きなく本題から入れました。ですが、日本でサービスを開始した直後のTikTokは、自分たちのことを説明し、理解してもらうところから始めなければいけませんでした。おそらく他の企業の日本第一号の皆さんもそこに一番苦労されているんじゃないでしょうか。

どういうコンセプトで運営しているのか、ユーザーにどんな体験をしてほしいのか、我々と提携するとどんなメリットがあるのかを、実際にサービスを見せながら分かりやすく説明したり、信頼してもらえるようなコミュニケーションをしたりすることに神経を使っていました。1度で伝わらなければ、2度3度、直接足を運んで話しをしたこともありました。

ーーその成果は出たのでしょうか。

伊藤:何度も説明していくうちに、理解してくださる方が増えてきました。ユーザーも増えて知名度が上がり、世の中で受け入れられていったことがパートナー企業に対しての説得力となりました。

我々が当初パートナー企業に伝えていたことが現実になってきたわけです。例えば、「TikTokから音楽の流行が生まれるんです」と言ってきたのですが、それがまだ実現していない時点では信じてもらえないことも多かったです。当然だと思いますし、だからこそ、なるべく丁寧に説明してきました。

最近では、実際にTikTokから音楽の流行がかなり生まれていることで、外部企業のほうからお声がけいただくことも増えています。もちろん自分たちはそれが実現できると信じてきましたが、実際、そうなってみるとやはりうれしいですね。

ーーテレビ局での経験で生かせたものはありますか。

伊藤:メディア関係の人脈を生かして、TikTokのサービスを紹介してもらうことができました。

また、映像制作のスキルはあります。ですから上手な動画を作るためのコツは身についていましたし、クリエイターの撮影テクニックを見極めることもできました。

それから、報道番組のディレクターはジャーナリストの一面もあります。相手を説得したりロジカルに説明したりする能力は、サービスを広めるにあたって、大変役に立ちました。そして取材でビジネスや政治、経済などいろんな業界の人に会い、世の中を広く見てきたおかげで、自分たちの立ち位置が客観的に把握できていたと思います。

第一号に必要なのは「変化に対応できること」と「孤独に強いこと」

ーー大手企業から新興の企業に移ったことで戸惑いはありましたか。

伊藤:当初、日本人は私1人でしたので、メインの仕事以外のこともいろいろやらなければいけませんでした。こういった取材対応もそうですし、法務や財務、オフィスをどうするかにいたるまで、あらゆる事務的なことをやりました。もちろん、海外にいる本社の人に相談したり、外部のスタッフと連携したりしながら進めていったわけですが。

最初は自宅で仕事をしていましたしね。そのうち社員が増えていくにつれ、シェアオフィス、ビルのテナント、とオフィスを大きくしていきました。今となっては社員も数百人規模にまで増え、優秀な人たちもたくさんジョインしてくれて心強いです。仲間が増えていく喜びを感じられるのも第一号社員の特権かもしれません。 description 日本オフィスの様子

ーーTikTok Japanはグローバルカンパニーですが、文化の違いは感じましたか。

伊藤:TikTok Japanは「なぜそれをやるのか」「それを得るために最短のやり方は何なのか」を突き詰めて考え、その結論に忠実に物事を進めるんです。

ただ、日本の場合、結論を急ぎ過ぎると周囲との関係が悪くなるケースもあります。物事をスムーズに進めるために、関係する人たちに事前確認したほうがいい場合があります。そのプロセスが本社には遠回りに見えることもあり、日本文化の中で最短で進めるための気遣いが必要だと説得したこともありました。

一方で、自分が今まで当たり前だと思っていたプロセスが、省けることもあるとも気づき、学びになりました。そういった海外と日本とのカルチャーギャップのバランスをうまくとるのは大変でしたが、やりがいもありました。

ーー日本第一号社員にはどんな人が向いていると思いますか。

伊藤:大きく2つありまして、1つは変化に強いこと、もう1つは孤独に強いことだと思います。

1つ目については、今日と明日で全然やることが違いますし、明後日はさらに別のことをやらなければいけないという状況が起こるので、それに対応できるかどうか、という意味です。

2つ目についていうと、第一号社員は1人で物事を進め、決断しなくてはいけないからです。ただ、会社が大きくなってくると、内外問わずたくさんの人とコミュニケーションをとれるスキルも重要となってくるでしょう。

ーー留学や外資系企業での勤務経験は必要だと思いますか。

伊藤:私自身は前職で、海外出張によく行っていましたが、留学の経験はないですし帰国子女でもありません。外資系企業に勤めたこともこれまではありませんでした。

語学は比較的好きで、英語、中国語、韓国語は学校教育に加えて、独学で学んできましたが、必ずしも海外経験は必要というわけではないと思います。

ーー他の企業の日本第一号社員の方はコンサルティングファーム出身者や、経営のプロが多い印象です。なぜTikTok Japanはコンテンツ制作のプロである伊藤さんを選んだと思いますか。

伊藤:日本で展開するサービスのコンテンツを豊かにできる人材を探していたからだと思います。私の持っていたコンテンツ制作のスキルやメディアへの理解を評価してもらったのでしょう。

ただ確かに、日本第一号というポジションは、ビジネスの1から10までを理解していかないと立ちまわれない役割です。そういった意味で、経営もしくはそれに近い経験があると有利だと思います。当時の私はその経験はありませんでしたが、第一号社員になり実際にビジネスを進めることで、多様なスキルを同時に積み上げて行くことができたと思います。

なんでもやらざるを得ない立場に身を置くので、自分のこれまでのキャリアと違うことでも、身に付くスピードが速いです。この2~3年で、それまでの10年分の経験を得たくらいの密度を感じました。

ですから、もしこれから第一号社員になりたい方がいたら、それまでの自分のキャリアと違うから無理だと思わずに、何でも身に付けるよい機会だと考えてほしいです。ある意味、それが第一号社員になるメリットだと思います。

ーー今後の目標を教えてください。

伊藤:初期はサービスのインフラを整えることに注力してきましたが、今はその基盤をもとにさらに進化し、より深い意味でクリエイティブなプラットフォームになろうとしています。

今後は、より多くのユーザーが集まり、クリエイティビティを発揮して、それによって世界の多様性や豊さそのものがTikTokの中にも広がっていくような、そういうサービス作りに貢献していきたいと思っています。 description


【連載記事一覧】
【特集ページ】「日本第一号」たちの未来志向(全9回)
(1)ゴールドマンもUberも通過点。30代起業家が追い求めるのは、理屈よりも「ワクワク」の直感
(2)「海外の面白いサービスがいつ日本に来るかウオッチしていた」。東大時代から選択肢にあった「第一号」
(3)「Quora日本語版のトップライターになってしまった」。プロダクトへの愛で引き受けた日本第一号
(4)欲しいのは日本事業立ち上げで「何度も成功する自信」。Google卒業後、2度一号社員に挑む男の真意
(5)ヤフー日本法人第一号が繰り返す「興奮」と「飽き」。変わらぬ、事業立ち上げへの強い関心
(6)“無名”のフードデリバリーを支える、Twitter・Apple出身の31歳。大企業では「自分のもたらす影響力」に満足できなかった
(7)大手テレビ局員として抱いた「情報発信という特権」への違和感。TikTokに見出したメディアの未来
(8)自ら売り込んで日本第一号に。ゴールドマン出身の金融マンが燃やし続けた「ものづくり」への執念
(9)【解説】海外企業の見る景色。どこにある? 「日本第一号」になるチャンス

コラム作成者
Liiga編集部
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