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特集「『日本第一号』たちの未来志向」ではこれまで、実際に海外企業の日本第一号社員を経験した個人に話を聞いてきた。一方で、そうした日本第一号となる人を探す海外企業側には、どのような苦労があるのだろうか。求める人材の要件はどういったものか。そもそもどの程度の海外企業が日本へ進出してくるのか。そして新型コロナウイルス危機を経て今後増えそうな業界はどこか――。人材採用や会計、税務といったバックオフィス業務の面で、海外企業の日本展開を支援する会社などを取材した。【丸山紀一朗】
1. 中国やシンガポールなどアジア企業、テック業界の日本進出が目立つ
2. コロナ危機で20年1月から急減速も、進出「白紙化」は一部に留まる
3. 「外国語スキル」を求める企業側。“英語が話せるだけの日本人”を採るリスクも
4. 日本市場の特殊性を、いかに丁寧に辛抱強く本国に伝えられるか
5. 社会情勢や政府方針の変化がカギ。テック企業を中心に、規制分野も注目
中国やシンガポールなどアジア企業、テック業界の日本進出が目立つ
日本へ進出してくる海外企業は、毎年どれほどあるのだろうか。
経済産業省所管の独立行政法人日本貿易振興機構(JETRO)は、海外企業の日本展開を支援している。具体的にはまず、海外に70カ所以上あるJETROの事務所が日本への進出を考えている現地企業へアプローチする。セミナーを開いて企業に来てもらうほか、電話やメールで直接連絡を取ることもある。その中で審査を通過した企業に対しては、東京都内などに設置するテンポラリーオフィスを50営業日まで無料で貸したり、提携先の司法書士や社会保険労務士らを紹介したり、国や自治体との間を取り持つといった幅広い支援を行う。
実際、今回の「日本第一号社員」の特集で取り上げた中にも、日本でビジネスを始めた当初にこのテンポラリーオフィスを活用したという企業はあった。
JETRO対日投資部外国企業支援課課長代理(取材当時)の大澤淳氏
JETROによると、2003~18年度の15年間に同機構が支援し、日本国内での拠点設立などが成功したプロジェクトは計2000件を超える。ここ10年ほどで見ると年平均約140件。18年度までの5年間は毎年件数が増加していた。これらはあくまでJETROが支援した外国企業であるため、実際に日本に上陸している数はさらに多い。
(出展:「ジェトロ対日投資報告2019」)
進出元を地域別に見ると、03年度には北米からの進出が全体の40%を占め最多で、欧州が33%と続き、アジアは16%に留まっていた。しかし、09年度以降は大半の年でアジアからの進出が最多となり、18年度は43%を占めた。また国別では、18年度は最多が中国で全体の18%、次いで米国が17%、ドイツが8%、フランスとシンガポールが各7%、韓国が6%などとなっている。
JETRO対日投資部外国企業支援課課長代理(取材当時)の大澤淳氏は、「03年度当時は日本へ投資するハードルが高かったが、その後、中国やASEAN諸国が国力を付けてきたことでアジア企業の進出が活発になっている」と話す。
(出展:「ジェトロ対日投資報告2019」)
さらに企業の業種別に見ると、「ICT(情報通信技術)・情報通信」が最多で全体の24%、次いで飲食や小売り、コンサルなどの「サービス」が17%などだった。近年の特徴としては「ICT企業の日本進出が増えていること」(大澤氏)で、インターネットやAI(人工知能)関連の先端テクノロジー系スタートアップなどが増加傾向にあるという。
トライコーCEOの佐藤スコット氏
会計や税務といったバックオフィス業務について日本市場に進出する海外企業を支援している、トライコー株式会社CEO(最高経営責任者)の佐藤スコット氏も、「近年はテクノロジー系企業が圧倒的に多い」と話す。そうしたテック系企業の日本進出が毎年一定数あるほか、「IR(統合型リゾート)の話が盛り上がった2~3年前はカジノ関連の企業のお手伝いが増えたし、昨年は東京オリンピック・パラリンピックへ向けて進出してくる企業が数多くあった」(佐藤氏)といい、行政の動きや大規模イベントに応じて業界は柔軟に変わるともいえそうだ。
トライコーでも支援先の企業数は増加傾向にあるといい、「19年はすごく多くて年間100社くらい増えた」(佐藤氏)。その背景には近年の米中貿易摩擦の影響ものぞく。佐藤氏は「それまでは“次の進出先は中国だ”と言っていた海外企業でも、“日本のほうが安全だ”と考え直して日本を狙い始めた会社は少なくない」と話す。
コロナ危機で20年1月から急減速も、進出「白紙化」は一部に留まる
しかし、新型コロナウイルスの感染拡大による世界的な危機の影響は、当然ながら小さくはない。
19年は毎月10社ほどのペースで伸びていたトライコーの支援先企業数も、20年に入った途端に新規企業がほぼゼロになったという。6月ころまではその水準が続き、その後一度持ち直したものの、流行の第2波が始まったことで増加数は再び鈍化。9月にはようやく19年の半数ほどまでには回復してきたという。佐藤氏は「おそらく来年に向けて、また企業が動き始めたのではないか」と期待を寄せる。
JETROの支援先でも、日本進出の計画が後ろ倒しになった海外企業は少なくない。「海外との間で人の往来が制限されたことで、日本に駐在予定だった人が来られなくなってしまった」(大澤氏)というケースや、対面での採用面接を希望する企業の担当者や、入居先のオフィス物件の直接の下見を希望する企業の担当者らが来日できず、当初の計画を遅らせている例もあるという。
ただ、大澤氏によると、コロナショックによって日本進出の計画自体がなくなったという企業は少ない。計画の遅れはあるものの、「引き続き日本進出を検討している企業は多く、そうした企業向けに完全オンラインではあるものの、変わらずコンサルテーションの提供を日々行っている」(大澤氏)というのが実情のようだ。
「外国語スキル」を求める企業側。“英語が話せるだけの日本人”を採るリスクも
ところで、そもそも海外企業にとって日本のビジネス環境の魅力とは何か。
JETROの支援により日本に拠点を設立した海外企業などを対象に、同機構が19年6~7月に実施したアンケート調査によると、日本でビジネスをする上での魅力の1位は「日本市場」。日本のマーケットそのものが魅力的ということだが、その中でも特に市場規模の大きさが評価されているという。
また2位は「優れた日本企業やパートナーの存在」、3位は「国家・社会の安定性」となっており、先述のトライコーの佐藤氏の指摘とも重なるが、世界経済の先行きに不透明さが増す中で日本市場の安定性も注目されているといえる。
ただ、課題もある。同じアンケートによると、日本でビジネス展開する上での阻害要因は「人材確保の難しさ」「外国語によるコミュニケーションの難しさ」などが上位。人材確保について特に困難と感じていることについても、「外国語能力のある人材の不足」が6割弱と最多で、日本国内の生産年齢人口の減少による人材不足感の高さに加え、言語面がハードルとなっていることが分かる。
言語については、海外企業の日本での人材採用時にも大きな課題となっている。リクルートグループのバイリンガル人材向け転職エージェント「RGFプロフェッショナルリクルートメントジャパン」(以下RGF)では、日本進出を目指す海外企業の支援も行っている。Industrial Division Directorの中澤邦拡氏は、「日本第一号」を探す際の企業側の苦労として、初めに「英語」を挙げる。
「日本人の中ではいわゆる“英語のできる人”であっても、実際に海外企業の担当者を前にすると、面接にすらならないというケースも少なくない」と中澤氏。担当者の英語に非英語圏の訛(なまり)が入っていることで聞き取れなかったり、ビジネス英語の会話のスピードについていけなかったりというのが主な理由だという。「普段から英語を使ってしっかり闘っている人でないと、ジャッジすらされない」(中澤氏)という厳しい現実があるようだ。
一方で、英語スキルについては別の見方もある。
海外企業、特に米国企業に多いというが、「“仕事のできる日本人”ではなく“英語のできる日本人”を雇ってしまい、失敗するパターンが本当によくある」と語るのはトライコーの佐藤氏。企業側が英語能力を重視するあまり、ビジネスにおける実力を測り切れずに「単に英語の話せる日本人」を採用してしまうのだという。同社はそんな企業から相談を受けることもあるが、日本の雇用法制では解雇が難しいという実情もある。佐藤氏は「企業側には通訳を雇ってでも“ビジネスのできる日本人”を採用するという考え方も持ってほしい」と話す。
日本市場の特殊性を、いかに丁寧に辛抱強く本国に伝えられるか
それでは、言語以外の面で、海外企業の日本第一号社員を目指す日本人に求められるスキルや経験は何があるだろうか。
1つは、海外と日本の商習慣や法制度の違いへの理解と、それを本社側へ説明する能力。大澤氏によると、日本にいる社員からこうした面で「うまく説明できずに困っている」との相談がJETROに寄せられるという。
「例えば不動産を契約するとき。敷金・礼金・保証金という慣習について、なぜ契約段階でそれらのお金が必要なのかということを本社側に説明するのがすごく大変だと。あと労務関係の話も多い。海外ではポジション自体がなくなるなどすれば比較的容易に解雇できる国が多いが、日本では解雇が法令上厳しく制限されている。これらを本国の責任者に説明するにあたり、我々が間に入って専門家を紹介することもある」(大澤氏)
トライコーの佐藤氏も、こうした本社側との丁寧なコミュニケーションがとても重要だと説く。「本国とのコミュニケーションはものすごく多くの時間を使って、辛抱強くやっていかないと、後から本社と日本の間に大きなギャップが生まれてしまう」といい、こうした“社内”における説明・説得の能力が一号社員としての成功のカギを握っているといえそうだ。
また佐藤氏によると、日本の市場は他の外国よりも、新規の製品やサービスが顧客の信用を得るまで比較的長い時間がかかるという特性がある。
全ての場合に当てはまるわけではないが、「日本では進出初期に大量の顧客に安売りするとダメになる。それよりも1社でも2社でもいいから少数の優良顧客を積み上げていくことが大事」といった日本市場特有の考え方も、本国に説明する必要があるという。本社側は早期の収益化を望むだろうが、日本では初期に結果を求め過ぎないほうがいいということへの理解を得るのも重要かもしれない。
こうした活動を日々行うことになる日本第一号社員だが、海外企業の中には自社製品やサービスを日本に合わせて変えることについて本社側がよしとしないケースもある。
例えば米国本社で成功した営業プロセスをそのまま日本でも行わなければならない、などという企業だと、一号社員とはいえ入社前の想像より“自由度”が大幅に低いこともあり得る。RGFの中澤氏は、「日本市場にローカライズしてもいいのか、その覚悟は本社側にあるのか、といったことを面接などの際にきちんと聞いたほうがいい」とアドバイスする。
社会情勢や政府方針の変化がカギ。テック企業を中心に、規制分野も注目
では、今後、日本第一号を目指す人たちがウオッチしておくべき業界は何か。まずは先端技術をベースに持つ海外企業は、一定数、変わらず日本市場へ進出してくるとみられる。
例えばコロナ危機の裏で、すでに日本進出の検討が増えているのが、教育とICTを融合させた「EdTech(エドテック)」関連の企業。「オンラインで授業や講座を行うのを支援したり、テレワーク関連のシステムや電子契約のソフトウェアを提供したりする企業が現状をビジネスチャンスと見ているようで、引き合いが増えている」(JETROの大澤氏)という。社会の成熟度の割にICTの普及が進んでいなかった日本が、海外企業にとっては魅力的な市場に映る面があるのかもしれない。
また、RGFの中澤氏は、日本における電子商取引(EC)の増加に伴い、そのデータ量も増えていくためデータセンタービジネスを行う企業の参入も増えると見ている。さらに、「太陽光発電など再生可能エネルギーの発電施設をつくって運用する会社も日本に入ってきている」といい、東日本大震災を機に需要が高まった新エネルギーに関連する会社も日本市場を狙っているようだ。
エネルギーに限らず、こうした行政による規制分野では、規制改革など政府の方針転換によって新たな海外企業の日本上陸が一気に増える可能性を秘める。トライコーの佐藤氏は「医療分野には、海外では認められているのに日本ではやってはいけないということが多く存在している」とし、日本の医療関連市場が持つ可能性を指摘する。また、「アセットマネジメントなど金融業界の日本進出も増加傾向にある」といい、税制改革など菅義偉政権下での変化も注目だ。
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