ポケモン元世界王者から、データサイエンティストへ。京大数学科の“就活弱者”が天職に巡り合うまで
2021/12/14
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幼少期からゲームを通してデータ分析を始め、大学では京都大学の理学部数学科に入学。大学院では研究の傍ら、ゲーム「ポケットモンスター」(以下ポケモン)のオンライン対戦で一時世界ランク1位に上り詰め、現在はAI開発やデータ分析の領域で活躍――。株式会社日立システムズのデータサイエンティスト、中山貴博氏の経歴は、“ゲーマー”のロールモデルともいえるかもしれない。
しかし、そこに至るまでの道は順風満帆ではなかった。学部でキャリアに迷って留年し、就職活動を2回経験。大学院での就活は200社のうち6割をエントリーシート(以下ES)で落とされ、涙を流したこともあったという。そんな中山氏が同じ悩みを抱える“尖った”学生にメッセージを送る。【橘菫、南部香織、羽田顕人】
1.「すべては数学を介してつながっている」 データ分析の基礎をゲームで培った、ポケモンマスターの哲学
2.相手はどのような組み合わせのポケモンを使うか。対戦で勝率を上げる秘訣(ひけつ)は、独自のデータと数式に基づく確率予測
3.数学科で「数学そのものが目的の人」との差を感じ留年。紆余(うよ)曲折経た2度の就活は苦難の連続
4.自分に合った環境を選び、自信をもって尖れ。一芸に秀でた学生に送るメッセージ
「すべては数学を介してつながっている」 データ分析の基礎をゲームで培った、ポケモンマスターの哲学
――現在データサイエンティストとして活躍されていますが、どのような業務を行っているのでしょうか。
中山:数学の知識を基に論文などを読み解き、それらに基づくデータ分析やAI開発を通して、クライアントの事業や社内の意思決定を支援しています。
AIの領域は日進月歩なので、最先端の技術は論文からしか得られません。しかし、論文上の理論や数式は普遍的な形で書かれていますから、そのまま実務に適応することはできないのです。ですから、事業の目的に応じて個別にそうした最先端の知見をカスタマイズし、活用できる知識に「翻訳」する、いわば数学と実務の「橋渡し」が今の私の仕事です。
――「橋渡し」の具体的な例があれば教えてください。
中山:では、クライアントが、ある目的のためにデータを分析したいと考えており、そのために使えそうな技術が論文に書かれていたと想定してください。例えば、そこに「このパラメータは、データの数が増えたときに0に収束する」という条件が示されているとします。この条件を適用すれば、理論上はデータ数が増えるほど、パラメータは0に近づきます。
しかし、実際のクライアントのデータには、必要のないデータが大量に混じっていて、パラメータが収束しないといったことが起こります。とはいえ、勝手に不要なデータを取り除くと統計的なバイアスがかかってしまいます。本当に除外できるデータなのかどうか、数学的に検討することはもちろん、クライアントが理解できる言葉に置き換えて解説やヒアリングしながら、データを分析していきます。
――そうした数学やデータ分析の基盤は、もともとゲームを通して身につけたとか……。
中山:そうなのです。私は5歳くらいの時からゲームが大好きだったのですが、家庭のルールで1日にプレーしていい時間が決まっていました。ですから子供のころから、「いかに効率よくゲームを攻略するか」ということを常に考えていて、それがデータ分析をはじめたきっかけだったように思います。
例えば、当時のポケモンのゲーム内では、ピカチュウ(※1)はなかなか出現しないレアポケモンで、攻略本に「トキワの森エリアでピカチュウが出現する確率は1~5%」と書いてありました。しかし、そうした出現確率を知っていても、実際トキワの森エリアでピカチュウを探したとき、どのくらい時間をかければ遭遇するのかわかりませんよね。
だから私は、実際にピカチュウを探して出現するまでの時間を計測し、「出現率1~5%の場合は、出現まで〇時間かかる」といったデータを取っていたんです。そうして予測できれば「今日の制限時間内で、トキワの森では捕まえられないだろうから、ピカチュウは他の方法で入手しよう」と判断できます。
※1ピカチュウ…ゲーム内に登場するキャラクター(ポケモン)の一種。以後本稿において、キャラクター名は、すべて緑色で表記する。
――出現確率に加えてデータを活用することで、「今日このポケモンを捕まえられるかどうか判断したい」という生活の中の目的を達成に近づけていたのですね。
中山:はい。そしてこうした確率のような数学的概念やデータを、実際に使えるように応用するという思考の枠組みは、冒頭で述べたデータサイエンティストの仕事と共通しています。そういう意味で、私は今の仕事の基礎をゲームで培ったと考えているのです。
数学は多様な領域を横断する共通言語であり、それを基盤としたデータ分析の技術を活用することでビジネスやゲーム、遊びやスポーツなどに応用できるのです。「すべては数学を介してつながっている」といえるのではないでしょうか。
相手はどのような組み合わせのポケモンを使うか。対戦で勝率を上げる秘訣(ひけつ)は、独自のデータと数式に基づく確率予測
――ポケモン対戦で世界一になったのも、そうした数学やデータ分析が背景にあったのでしょうか。
中山:その通りです。ポケモン対戦とは、例えば『ポケットモンスターソード・シールド』のようなゲームソフト内で捕まえたポケモンを、オンラインでマッチしたほかの人と戦わせるゲームです。学部の時からポケモンをやっていましたが、大学院生のころ、インターネット上の対戦ランキング(※2)で一時、1位をとりました。
※2 ポケモン対戦のランキング…対戦相手をコンピューターがマッチングし、勝利したらポイントがもらえる。獲得ポイント総数によりランキングが常に変動する。中山氏は2014年3月ごろ、競技人口20万人ほどの『ポケットモンスター X』『ポケットモンスターY』シングルバトル部門で、ポイント総数1位を記録したという。
私が参加していた対戦部門では、自分の育てた、「パーティ」と呼ばれる6匹のポケモンのチームから、その回の対戦メンバーとして3匹を選び、3匹を随時交換しながら1対1で戦わせます。
その際、「火を使うポケモンは水を使うポケモンに弱い」といったじゃんけんのような“相性”があるので、なるべく相手の弱点をつくような技を使用します。勝率を上げるには、例えるなら「相手がグー・チョキ・パーのどれを出すか予測する」ように、「目の前のポケモンがどんな技を使いそうか」、また、「“控え“にはどのようなポケモンがいるか」など、相手の行動の予測が不可欠で、そのためにデータを分析していました。
――そうしたデータはどのように入手し、どのように分析していたのでしょうか。
中山:ゲームの公式サイトでも、「よく対戦で使われるポケモンのランキング」など、一定のデータは公表されているので、まずはそれで全体の傾向を把握します。ただ、それだけでは不十分なので、実際に対戦した記録をとり、そのデータを予測に使えるような数式のモデルを考える必要がありました。
後から知ったことですが、私がポケモンの対戦のため活用していたデータ分析の概念はマーケティングの世界などで活用されています。これも冒頭に伝えた「数学を介してつながっている」例ですよね。
数学科で「数学そのものが目的の人」との差を感じ留年。紆余(うよ)曲折経た2度の就活は苦難の連続
――そもそも、大学で数学科に入ったのは、どのような理由だったのでしょうか。
中山:「数学が単純に面白かったから」という程度でした。しかし、入ってから自分は「目的なく数学を学ぶことが面白いわけではない」ということに気づきました。
数学科で周囲にいた人にとっては、数学そのものを究めることが目的で、「その勉強の結果をどう活用するか?」なんて彼らにとっては愚問だったんです。しかし、私はそうではなく、何かの目的のために数学を活用することが好きでした。
ですから、周囲の人たちと比較して「自分の生きていく道はここじゃないんだな」と思うようになりました。一方で、部活動やポケモンなどに熱中し、そうしたところで数学を生かすことを楽しんでいました。
――学部で留年したとのことですが、周囲とそのような温度差を感じたことも一つの原因だったのでしょうか。
中山:そうですね、そうした状況で就職や進学などの「将来に向かって次のステップに進もう」という気持ちになれないまま、2回生の状態で留年してしまいました。
その時は留年に伴う家族の経済的な負担などまで考えきれておらず、とても甘かったと思っています。2回の留年を経て「3回生」に進級した学部5年目で、身内の不幸をきっかけにやっとそこに気づき、本気で就職活動を始めました。
――当時は、どのような軸で就活をされたのですか。
中山:アクチュアリー(※3)を狙っていました。それまでゲームでやってきたことを、実業界で応用する印象で、自分に向いていると感じたためです。そうして、周辺業界も含めて100社くらい受けたのですが、2割以上はES落ちの門前払いで、最終的に内定したのは1社のみでした。
※3 アクチュアリー…主に保険会社や信託銀行などで、確率、統計などの数学的手法を用いて将来のリスクや収益などを分析・評価する専門職。「保険数理士」などとも呼ばれる。アクチュアリーに関する参考記事はこちら。
先に述べたように、私は学業に熱心だったわけではない一方、部活やゲームなど関心があることには全力を注いできました。しかし、就活でそれを話しても、面接官の反応は「そんなもんね」という程度。自分の大学生活が否定されたようで死ぬほどの悔しさを感じ、研究で実績を積んで見返そうと、大学院に進学してクオンツ(※4)を目指すことにしたのです。今考えれば社会人になってから勉強すればいい話なのに、視野が狭かったですよね。
※4 クオンツ…主に金融機関などで、金融工学などを用いて市場を分析・予測し、金融商品の開発などを行う専門職。クオンツに関する参考記事はこちら。
――大学院に進学後、2回目の就活は、どうだったのでしょうか
中山:研究をがんばり自分に欠けていたものがやっと補完できたと思っていたので、自信満々で挑みました。ところが、学部の時と比較にならないほど苦労したのです。
3回生の時は2割ES落ちだったのが、今度は6割。もう“ES落ちの嵐”ですよね。悔しくて、将来の不安も膨らんで、研究室でずっと泣いていました。最終的に200社ほど受けて、現職を含めて3社内定しましたが、目指していたクオンツにはなれませんでした。
内定先の中で日立システムズを選んだのは、どの面接官も真摯(しんし)に話を聞いてくれて、人を大切にする会社なのだろうなと感じたためです。この段階では、仕事で数学を使う日が来るとは思っていませんでしたね。
自分に合った環境を選び、自信をもって尖れ。一芸に秀でた学生に送るメッセージ
――入社当初は想定していなかったとのことですが、今は日々数学を使っていますよね。就職後、どのようにキャリアを築いたのでしょうか。
中山:入社当初はシステム開発の部署に配属され、プログラミングの基礎を研修で学びました。その際、人より相当遅れているという意識と焦りがあったので、毎日帰宅後、独学で3時間半ほど勉強していました。
一定の基礎ができた後は、数学やプログラミングに関する資格をマイルストーンとすることにし、「IPAデータベーススペシャリスト」や「統計検定1級」などを取得。3年ほどたったころ、社内でAI関連のプロジェクトをする部署が立ち上がる機運があったので、参画したい意思をアピールし配属されました。
AIブームを背景に数学の素養がある人材の市場価値が上がったので、幸運だった部分もあると思います。ただ、振り返れば数学科での勉強も就活での苦労も、ゲームで培ったデータ分析の思考もすべて今に生きていますから、無駄なことはないですね。
――中山さんのように、ゲームなど何か一つのことを高いレベルで極めていても、それが仕事で生かせるかわからず、キャリアに不安を感じている学生は多いのではないかと感じます。
中山:自分自身も就活で相当に思い悩みましたから、気持ちはよくわかります。
何かを極めている人には、「自信をもって尖れ」というメッセージを送りたいなと思います。全神経を集中させて何かに没頭することでしか生まれないエネルギーがあります。それはキャリアというより、人生全体で見たときの大きなリターンを生むと感じるからです。
ただ、キャリアという観点では就活などで、「自分を受け入れてくれそうな環境を選ぶ」ことを意識するといいでしょう。特殊な才能を生かすには、その力を活用しようとしてくれる組織にいることが大切です。自分に合った、尖りやすい環境を選び、そこで尖り続けていけばよいのではないでしょうか。
――最後にお気に入りのポケモンを教えてください。
中山:世界一になったときの相棒のヒードランです。当時対戦データから、「どくどく」という技でじわじわと体力を削る戦法がはやっていると判断し、逆にそれを想定している人の裏をかいていました。火力重視のヒードランに、「すばやさ」が低いポケモンが先制攻撃できる「トリックルーム」という技を使わせて、楽しく戦っていました。
そうした対戦という観点を抜きにして、本当に好きなのはライチュウですね。かわいい体の色も好きなのですが、何よりふびんなんです。ピカチュウが人気すぎて、ライチュウに進化させるのが失敗とされていて。でもそういうライチュウを応援したい気持ちになりませんか。
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