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死ぬわけではないし、起業しないと後悔すると思った|マネーフォワード代表取締役社長CEO辻 庸介氏 インタビュー(前編)

はじめに

ジャパンベンチャーアワード2014において「JVA審査委員長賞」を受賞した、今注目のベンチャーのマネーフォワード社。その代表である辻 庸介氏にインタビューを行いました。京都大学を卒業後ソニーからキャリアをスタートして、その後どのような思いでキャリアを変遷させていったのか。そして起業までに至った思い、実現したいこととは何か。2回シリーズの1回め、どうぞご覧ください

マネーフォワード代表取締役社長CEO 辻 庸介氏
1976年大阪府生まれ。2001年京都大学農学部を卒業後、ソニー株式会社に入社。本社経理部にて、AIBO(アイボ)などの部門経理を担当。その後、2004年にマネックス証券に出向(その後転籍)。2009年ペンシルバニア大学ウォートン校に留学。卒業時には、アメリカ人以外で唯一のCohort Marshall(クラス代表)に選ばれる。帰国後COO補佐、マーケティング部長を経て、マネーフォワード参画のため退社、代表取締役社長CEOに就任。
募集情報:http://corp.moneyforward.com/careers/index.html

事業がやりたくて、大企業からマネックスに出向

—新卒でソニーに就職されてますが、どういった就職活動をされていたのか教えてください。

 大学時代は京大農学部でバイオを学んでおり、将来は研究者の道に進もうと思っていました。ところが、先輩が起業した大学進学塾を手伝っているうちに、ビジネスの方が面白いと思うようになりました。ま、ある面研究だとあまり出来がよくなかったというのもありまして、京大農学部の学生の大半が大学院に進む中、私は就職の道を選びました。

私が就職活動をしていた当時2001年は、リクルートや大手銀行など学生に人気でしたね。ソニーも就職人気ランキングで高い位置を占めてました。ただ、最初から志望企業をソニー1本にしぼっていた訳ではなく、あらゆる業界を見て回りました。

—さまざまな業界・企業を見た中でどうしてソニーに就職されたのですか?

 大学時代に数ヶ月間ですが留学をしたことから、グローバル化が更に進んでいくという思いが強くありました。今後は英語でビジネス出来ないと通用しないと思っていましたし、国内でトップを取るだけでは仕方がないと考えていました。

よって、日本企業の中でも最も世界に通用している業界であるメーカーを選択し、かつその中でも社員の個性がとても際立っていたソニーに就職しようと思いました。ソニーで働いているメンバー1人1人が、それぞれ全く異なる方を向いていているように見えて、とても魅力的な方が多く、面白い会社だと思ったのも理由のひとつです。

—ソニーではどういったお仕事をされていたのでしょうか。入社後3年ほどして、マネックス証券に出向されてますよね。

 ソニーではビジネスをやりたいと思って入社したのですが、自分自身理系だったこともあり「数字に強いだろう。」ということで経理部に配属になりました。3年間はCPAや簿記の勉強、経理の仕事を頑張っていましたが、やはりどうしてもビジネスがやりたくてうずうずしていました。丁度その時、たまたま社内募集で「マネックス証券CEO室」の募集がでていたので、これだ!と思って応募しました。

マネックス証券はソニーとマネックスCEOの松本大さんが共同出資してできた会社で、ソニーに出向の枠があったのです。創業者である松本さんは30歳でゴールドマン・サックスの当時最年少役員を務めた凄い方で、マネックスではネット証券事業を軸に、個人を主役とした金融サービスの実現を掲げておられたことに共感しました。当時は銀行が15時で閉まるなど、なかなかユーザー寄りでないという現実がありました。

—マネックス証券に移られてからは、どういったお仕事されていましたか。

  当時マネックス全体では40、50人くらい社員がいたかと思います。CEO室は当時私一人で、松本さんが「このビジネスについて調べて」って言われたら調べるというような、松本さんの使い走りみたいなことをしていました。

当時のマネックスは、成長著しくてベンチャー気質の強い環境でした。また、その後マーケティング部や戦略事業部で、提携・M&A・マーケティングなどさせてもらったり、買収した会社に出向して建て直しのようなこともさせてもらったり、いろいろ貴重な経験をさせて頂きました。

—大手企業のソニーからベンチャー気質の強いマネックス証券に移られましたが、どんな違いがありましたか?

 ソニーにいた当時も一生懸命働いていたと思っていましたが、マネックス証券に出向したら無我夢中でその何倍も働いていたように思います。大企業は分業ですが、ベンチャーはどんどん新しい仕事が降ってきて、与えられる裁量も大きいです。

とても辛かったですが、どんどん自分が成長していくのがわかって楽しかったです。

ウォートンスクールでクラス代表に

—その後、MBA留学なされていますが、どういう理由で留学なさったのですか?

 マネックスからの留学第1号で、自分から手を上げて行きました。特に起業を視野に入れていたわけではなく、農学部出身だったこともあり、業務の中で経営やマーケティングに関する知識が圧倒的に足りないと感じていたのが第一の理由です。

またマネックスは、「インターネットx 金融」を社是としており、いずれも国境を越えていくことができる領域です。マネックスが今後グローバルにビジネス展開をしていくことを考えると、当然経営陣もグローバルになっていきます。彼らと対等な立場で、英語でビジネスができるようになることを考えると、MBAは最良の手段でした。また、さらにもう1段成長したいと思っていたこともありMBA留学を決断しました。

— 全米で一番のビジネススクールと言われているウォートン・スクールで学ばれ、コートマーシャル(クラス代表)にアメリカ人以外で唯一選ばれたというお話ですね。留学生活全般を振り返っていかがでしたか?

 正直英語は苦手で、今も全然うまくないです(笑) はじめのうちは全くチームメイトとディスカションできず、チームへの貢献度ゼロの状態が続いてました。学内には世界中から選りすぐりの優秀な学生が集結し、成績が悪かったらキックアウト(落第)されてしまうこともあり、毎日ストレスで胃が痛かったです。あんなの経験初めてでした。仕事より断然ストレスでした。

一方で、アメリカがいいなと思ったことは、常に逃げずにチャレンジしていると、みんなすごく評価してくれます。アウトプットではなく「チャレンジ精神」に関してです。だから英語ができなくても授業で何とか発言しようとするとか、チームでのディスカッション・ペーパーでなかなか貢献できないときに、他に貢献できることを必死に探し、自分が出来ることを少しでも広げていくことを必死にやっていました。

クラス代表に選ばれたのは、そういったチャレンジ精神が評価して貰えていたのかなあと今になっては思います。

—ご自身の留学経験も踏まえて、今の学生は留学などでもっと海外に出て行った方がいいと思いますか。

 勿論目指すべき道、方向性によるので、一概に「出ていくべき」「出ていかなくていい」ということはできないと思います。ただビジネスパーソンとして生きていくことを考えると、出て行った方がいいかな。これから、日本は少子高齢化で国内GDPは下がっていくので、海外で稼いでいく必要があり、ライバルは日本人でなくなる可能性が高いと思っています。

マネックスでも英語ができないと仕事でなかなかアウトプットは出しにくいですし、これからの時代英語はコミュニケーションのツールとして最低限使えないといけないでしょう。

それに実際留学した結果、国・文化の異なる人々がどんな思考回路なのかというような、グローバルの基準値がわかったし、多様性を心の底から理解し、多くの親友もできました。何か日本の外の世界でやれたっていうのは人生の経験としては貴重だったと思っています。損得とかキャリアとかでなくて人生の厚みになったと思います。

私としては、今後海外でも通用する日本人がどんどん増えていって欲しいなあと思います。

死ぬわけではないし、起業しないと後悔すると思った

—さきほど、起業を考えて留学したわけでは無いとおっしゃっていましたが、留学から帰って来てから、しばらくしてマネーフォワードを起業なされましたね。起業を思い立ったのはどういった経緯なのですか?

 留学前から、日本の個人が持つお金に関する課題がずっと問題意識としてありました。お金についての教育をうけるチャンスや知識を学ぶことができる場所があまりないのではないか。

ネット証券が誕生して、手数料が安くなり、世界中から商品が手に入り、利便性は飛躍的に高まりましたが、お金に関する知恵や情報を提供・共有するような、ユーザーサイドに立った食べログやクックバッドみたいなサービスってないなと思っていました。

人生におけるお金に関する課題ってとても大きくて、例えば少子化は日本が現在抱える大きな問題の一つかと思いますが、子供を持たない(持てない)理由の1位はお金がないからで、また、離婚の原因の1位もお金だそうです。お金の問題で不幸になる人って世の中たくさんいるんですよ。

もちろんお金が全てではないですけれども、お金があれば人生の可能性、選択肢は広がります。なので、個人のお金に対する悩みや不安の解決を手助けするサービスができればと考えておりました。

初めはマネックスの中で起ち上げようと思って松本さんにも相談していたのですが、当時、株式市場が悪く新規事業はなかなか難しい状況で、起業することにしました。

— 当時家族もいらっしゃって多くのリスクの中、起業に踏みきれたのはどういった事情があったのでしょうか?松本さんも含めて周りからのお応援する人が沢山いたからでしょうか?

 いやー…そんな綺麗なストーリーじゃないです。当時マネックスでやりがいのある仕事をさせて頂いていて、十分な収入もあったのにも関わらず、それがもうゼロになるわけです。子どももいますし、リスクだらけでした。

でもその時は、「こういうサービスがあった方が世の中にとっていいのでは?自分でやってみたい」という思いが強くて、失敗しても死ぬわけじゃないしやらないと後悔するなと思って起業したところが大きかったですね。

(後編へ続きます)
「生き抜いていける自信があればベンチャーもアリだと思う」|マネーフォワード代表取締役社長CEO辻 庸介氏 インタビュー(後編) 


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