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クロスボーダー~外資系若手バンカーの葛藤~ 最終章 クロスボーダー 前編

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前回までのあらすじ〉
外資系投資銀行のドイチェガン証券株式会社投資銀行部門(IBD)で働く小川克貴。克貴がアサインされていた教育系企業、ドリーバのM&A案件は紆余(うよ)曲折の末、成功した。だがそれは、ライバル企業のファイナンシャルアドバイザーだった父・冨神貴毅のおかげだったと知る。さらに、同期の高嶺が自分の異母兄弟だと分かり、会いに行こうと決意する。

〈著者Profile〉
ショー・ターライ
国立大学を卒業後、外資系投資銀行に入社。退職後は起業家として活躍している。
▶Twitter:@ShowTurai_Novel

 
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注:この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。

最終章 クロスボーダー 前編

その流れは、時に強く、時に優しく分岐し、岩にぶつかっては、飛沫(ひまつ)を上げている。同じ川の流れなのに、耳をすませばリズムは複雑に変化している。

谷を覗き込むように両手をだらんと下げた高嶺貴一は、高い崖の上に立っていた。時間ができたら行ってみたいと高嶺が言っていた渓谷だ。克貴は高嶺を見つけると、はやる気持ちを抑えて近づいた。

危うい場所に高嶺は立っていた。一歩進めば、数十メートル下の谷底に落ちてしまう。

「もしかしたら、自分だったかもしれない」という思いがそのとき克貴の心によぎった。

わずかな言葉、ちょっとした偶然、ささいな出来事、小さな実感。そんな違いだけで、あるいは克貴があの崖っぷちに立っていたかもしれない。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「逆転してしまったな……」

と高嶺貴一は、克貴を認識すると、吹き込む風にかき消されるような小さな声でつぶやいた。

高嶺は、自分の立っている所の危うさが痛いほど分かった。もし、足を踏み外しそのまま転落すれば大けがでは済まないだろう。

生と死の間に引かれたボーダーは簡単に飛び越えられる。ほんの数センチ足を動かすだけで、生から死へと移行できるのだ。

「高嶺貴一!」と必死に叫んでいる克貴を見て、高嶺は不思議と平穏な気持ちになった。フルネームで呼ばれたのは初めてだったが、特段嫌な気持ちはしなかった。

克貴にはそういうところがある。落ち着いているようで、時々人を震わせるような熱を伝えてくるときがある。

「高嶺貴一!」

険しい傾斜に手をつきながら、岩場を登ってくる克貴の気配を感じる。克貴の震える声は、ゴツゴツした岩間を抜け、高嶺の胸に突き刺さった。その振動が届くと、克貴への今まで感じていた感情がありありと思い出される。

これまで克貴と相対すると、どうしても負けたくないという思いに強く支配されていた。

克貴の前では必死で完璧であろうと取り繕った。高嶺が仲良くなりたかった相手は、ことごとく克貴が先に仲良くなる。しかもなぜか彼は相手が手を差し伸べてくれるような親密さを築けるのだ。

どこか似ているところがあったからこそ負けたくない。どこか親しみを感じるからこそ、こいつにだけは負けたくない。

高嶺は克貴に対してマグマのような感情がぐつぐつ沸き立つのを悟られないようにしていた。

最高学府に落ちて私学に進学した。トップの大学に入れていたら、満たされたのだろうか。

外資系投資銀行の世界なら、自分は変われるのだろうか。どこか自己肯定感が低く、満たされない。有名な企業に勤めて、高収入になればいつしか自分で自分を認められるようになるのだろうか。ある種の絶望があった。このままどんどん上を目指して、いろんなものを身につけて、憧れられるものを増やしていく。だが、それがなんだ。たとえ周囲に賞賛されても、自分が満足できないままでは、一生絶望の谷底からははい上がれない。どうやっても苦しみから抜け出せない未来しか想像できなかった。

外銀のような世界にはすごい人がいるはずだ。そういう人間と関わることで、抜け出すヒントをもらえるかもしれない。

だが、小川克貴と出会った。あいつは、俺が持っているものを持っていないことが多かった。俺の方が分かりやすくできることが多かった。

でもなぜか彼を無視できなかった。

なぜか分からないが、彼に劣等感を覚えた。その正体は分からずじまいだった。

こういうやつと交わることはないのだろうと思っていた。しかしどうしても接点ができてしまう。いや突っかかってしまう。それどころか、なぜだか気になってしまう。

入社前から克貴は町田さんに気に入られているようだった。入社式で克貴がずっと町田さんと話していて、仲が良さそうだったのが気に食わなかった。うらやましかった。

高嶺はシルバーマンからも内々定をもらっていたが、町田さんに憧れてドイチェガンに入社した。だがそれを町田さん本人に伝えることはなかった。

だからこそ高嶺は克貴とは同列に扱われたくないという思いが強くなっていた。

自分は克貴よりもスーツを着こなしている。投資銀行に対する知識を彼よりも持っている。そういったくだらない自尊心を持っていた。

入社式で、よどみない英語スピーチを見せつけたときも、克貴はせっせと食べていて、高嶺のスピーチなど耳にも入っていないようだった。

入社後の研修でもそうだった。学生時代に身につけた知識の差など仕事をすればすぐ埋まってしまう。高嶺はそう分かっていたからこそ、自分の知識をひけらかさずにはいられなかった。

「環境が人を形成する。だから俺は投資銀行に入った。意識が低い奴らと一緒にいるためじゃない」

この言葉は高嶺自身に向けて言ったことだった。意識が低い自分になってはいけない。そうでなければ、沈んでしまう。

高嶺は裕福な家庭で育ってきたが、その環境ゆえに縛られてもきた。

母は高嶺にすべてを注いだ。過剰なまでに。父がいないことで負い目を感じさせないためでもあったし、父への当てつけの面もあったのだろう。必要以上に優秀であることを求められた。愛情も度が越えるとつらくなってくる。

母が求めるような「自慢の息子」を演じることはできた。だが、その分、目に見えない鬱屈はたまっていた。ある種、普通であることが奪われていた。顔も名前も知らない父を超えなければならない呪いをかけられているようだった。

だから、母の望むものではなく、自らの望む環境を手に入れようともがいていた。

いつまでこうして戦えるのか分からない恐怖と自尊心を奪われることへの敏感さがゆえだった。

はじめから余裕はなかった。研修中に楽しそうにしゃべっていられる、そんな余裕などなかった。

談笑しながら高得点を取ってくる同期たちが恐怖だった。

ボロがでないように必死で資料を読み込むしかなかった。

克貴は目立つやつではないのに、いつのまにか同期たちとなじんでいる。それを見るといっそう資料を読んで顔を伏せるしかなかった。

「高嶺貴一! 君のことを誤解していた、僕は実は……」と克貴はそこで言葉を切った。

風がいちだんと強くなっていた。声だけが聞こえる。高嶺は克貴の方に振り向きたくはなかった。

誤解? なにが誤解だっていうのだろう。誤解も何も克貴に見せていた自分はすべて無理に膨らませた風船人形みたいなものだ。

思い起こせば、自分は何もかもできるわけではなかった。できるように装うことでしか生きていけなかっただけなのだ。

だから克貴にいら立ちを覚えた。投資銀行という猛者たちがたくさんいる中で、できる人間を装うことなく、あまりにも素直に教えを請えることに。

弱さを見せられるのは強い人だけなのだ。弱い人は能無しのレッテルを貼られることに耐えられないと高嶺は知っていた。

だから恨めしく思っていた。高嶺は気軽に誰かに聞くなどできなかった。プライドも邪魔をした。うまくこの環境に順応しているように振舞っていた。

克貴が素直に分からないことを聞けるのが不快だった。自分は体面を保つので精いっぱいだったのに。分かったような涼しい顔をして、必死にもがくしかなかった。

出典ソースを時点データで参照することを教えたときも、言葉ではこれくらい常識だろと言ったが、その前日に偶然、分からなくて、1人必死に調べただけだった。みんな分からなかったことに安心していた。

今や“できるやつ”の仮面が剝がれ落ちてしまった自分に存在価値など見出せなかった。

「トイレで克貴がディスられて高嶺が褒められていたのを聞いてしまった」と克貴が話していたのを漏れ聞いたときも、恐怖でおののいた。ちょっとミスをすれば自分も同様の評価を下されてしまうかもしれないことに。克貴がミスを指摘されたところと同じところを自分も間違えていて、事前に修正できていただけだった。克貴が横で受けている指摘を聞いて青ざめながら必死に直した。

ロンドン研修では「自分がこういう華やかな世界で生きているんだな」と高揚したが、やはりグローバルのエリートたちを前に気おくれした。

克貴に自分のECM(※)案件のメールをこれみよがしに見せてしまった。こういうふうに自分は一歩進んでいると見せないと何も保てないのだった。

最速でMD(マネージングディレクター)を目指している。そう言って自分を鼓舞しないと不安で仕方ない。MDなんてイメージできていなかった。

トレーディングゲームでは何もできなかった。アイデアもなければ優勝チームのようにデルタヘッジをしながら進めることもできない。ありきたりなアイデアを基に日本と米国の株式、債券でポートフォリオを組んだだけで、不動産やコモディティは分からず投資できなかった。こういうゲームでさえ、不確実なものを怖がってしまう。結局大した成果は出なかった。
ABCDと先生にニックネームをつけられて、なぜか周りに好かれる克貴に嫉妬した。気づけば克貴には常に誰かが横にいる。一方で自分はどうだ? 目をつむり、自分は独力で頑張る、そう決意し、さらに自身を追い込んだ。

M&Aの案件に克貴が入った。M&Aをやりたかったのに先を越された。ECM案件をやっていたが、比較的スモールな増資案件だ。

しかも町田さんがメンバーとして推したという。また町田さんと個室でMTGをしている。町田さんも楽しそうに教えている。ああいう先輩後輩関係になりたかったのに。

しかしそのとき不思議な感情が芽生えた。わけが分からなかった。ライバル視していたのに、どこか克貴が認められていくことを祝福している自分がいたのだ。

まるで昔からよく知っている人のように感じたのだ。そんなはずはないのに。

別れは日常に存在していた。楽しく過ごしていてもすぐ隣に別れはあった。

大柄な公認会計士のディレクター。同じ案件に入ったことはなかったが、税務のスキームや国際会計基準について教えてもらったことがあった。ひとつひとつにこだわりを持ち、言葉の定義を語源から説明してくれるような人だった。

高嶺は分からないことを聞ける人ができたうれしさとともに、このディレクターに信頼を寄せていた。

出会いの瞬間から、別れの渦の真っ只中に流れ落ちていくのだ。

会計士のディレクターがいなくなってから、その思いはさらに強くなった。

思えば高嶺の人生には、別れがへばりついていた。たとえば、記憶にはない父との別れの影が母には見え隠れしていた。自ら関係を断った別れもあった。切り捨てられてしまったことを、自ら切り捨てたことにした別れも多かった。

別れに対する拒絶感と、一種の諦念が同居していた。

女性から好かれることも幾度かあったが、自分にとって女性とは深い関係になっても結局別れるものだった。付き合った人数もそれなりにはいる。だが結果として現状誰とも付き合っていなければ、結婚もしていない。失敗を重ねていただけなのだ。

「高嶺貴一! 実は、僕たちは兄弟だったんだ」

克貴が発した音声が耳に届き、そこから脳に伝わり、言葉として意味を見出すまでに時間がかかった。

やっと意味を理解したとき、なぜか葵を思い浮かべた。克貴へのライバル心は葵との関係にも感じた。葵は明るく、自分の葛藤など吹き飛ばしてくれるようだった。克貴にもその笑顔を見せていると思うと、なぜか心がざわついた。

「不思議ね。同期には見えない。だって、兄弟みたいだわ」と葵は言っていた。彼女はなんて鋭いのだろう。

「似ているのよね。なんだか人とは違う過去がありそう。意志の強そうな目の輝き、そしてどこかシニカルなところ」

その気になればあっという間に距離は縮められるのだろうか? 向き合おうとすれば2人の間に引かれた線は消え去るのだろうか?

そんなことを思い出しながら、高嶺は克貴の声のする方を振り返った。

息を切らせた克貴が、汗をぬぐいながら立っていた。

案件の仕事で顔を合わせていたときよりも、つき物が落ちたようなどこか精悍な顔つきになっている気がした。

M&A案件に高嶺自身もアサインされてからもう半年近くも経つのか。

案件を掛け持ちしていると、日に日に業務が手に負えないようになっていった。

克貴に対抗するような余裕すらなかった。次第に克貴も今まで以上に頼ってきてくれるようになったし、高嶺も克貴に頼るようになっていた。

互いの考えが言葉に出さなくても分かるようになったし、仕事上同じ苦労をする中で、きずなが生まれつつあった。

それは自身が拒絶しながらもどこかで憧れていたものだった。

知らず知らずのうちに追い込まれ、どう頑張っても仕事を完璧に終わらせられなくなった。責任を果たせないことへの罪悪感でつぶれていった。

起きなければと強く思いながらも身体が言うことをきいてくれない。見えない鎖で拘束されているように重い。頭痛をおしてなんとかベッドから這い出ても、部屋を出ようとすると吐き気に襲われていた。

オフィスの化粧室の個室でぐったりしていると、評価してくれていたはずのモーガン土井が自分をひどく非難する言葉が聞こえた。

頭と体が上下に分離したようだった。

素直に助けを求められなかった。優秀だというイメ―ジを壊せない。それが自分だった。

「あのUBUの冨神貴毅が俺たちの父だったんだよ」と克貴は声を張り上げた。高嶺はなぜかそれが昔から知っていたことのように受け入れられた。

そして今、克貴は高嶺がいなかった間の話をしている。

高嶺は克貴から父の話を聞いた。

話を聞き終わって高嶺は父の輪郭が立ち上がるのを感じた。

高嶺から見て冨神貴毅は、きわめて合理的な意志をそのまま現実に変えることができる男だった。

高貴な信条と低俗さを持ち合わせていた。

最大限、世界を良くしたいと願いながら、身の回りの世界に対しては無関心だった。

戦略的に計画を練り上げ、寸分の狂いもなく、人を率い、引きつけ、完遂する。

強烈な推進力と魅力を持ちながら、不器用でうまく立ち回れない部分を隠そうと必死だったのだろう。それが高嶺にもわかった。

克貴の手は意外にもどっしりしていた。高嶺は克貴から差し出された手を強く握った。高嶺は急に力が抜けたようにふらつき、登ってきた斜面へとよろけた。

それを助けるように手を離さなかった克貴も、道連れとなって転げ落ちた。小石が転がり落ちる音が2人の頭上を越えていった。

泥まみれになった克貴を見て、思わず笑いがこみ上げてきた。克貴も同じように高嶺の顔を指して笑った。

かなり転げたと思っていたわりに、見上げるとそれほど距離はなかった。青かった空は炎のような赤い夕日で染められていた。2人の間に距離はもうなかった。

「これからどうするつもりだ?」と克貴は、高嶺へ投げかけた。

「どうしたらいいのだろう? 今までは決めたことを独力で実行するのが俺の主義だった。それができなくなってしまった。何が正しくて何をやればいいのかが分からない。俺は頼るのは弱さだと否定していた。頼らないのが強さだと思っていた。だが、自分だけではできないことばかりだ。お前は独りにならないで誰かとやっていける。だからこそ強い」

「高嶺たちがいてくれたおかげだよ」

高嶺ははっとした。この素直さに今まで引かれてきたのだ。だからこそ今、自分も初めて克貴にどうしたらいいか、心を開いて聞けたのかもしれない。

今やっと、克貴を認めることができたような気がした。

※ECM(株式資本市場部) Equity Capital Marketの略。投資銀行において、顧客企業によるIPOや公募増資など株式(Equity)を用いた資金調達のアドバイザーやソリューション提供を行う部署

最終章 クロスボーダー 後編につづく。2023/5/26更新予定です。)


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