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クロスボーダー~外資系若手バンカーの葛藤~ 第二章 複雑な味 前編

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前回までのあらすじ〉
外資系投資銀行のドイチェガン証券株式会社IBD部門に入社した、小川克貴。都内一等地にあるオフィスで開かれた入社式に出席した彼は、大変だった就職活動や投資銀行で働くに至った理由を改めて思い返していた。そんな中、新入社員のスピーチが始まり、克貴の番がやってきた。緊張しながらもこれからの決意を話すうちに、入社した実感が湧いてきた。

〈著者Profile〉
ショー・ターライ
国立大学を卒業後、外資系投資銀行に入社。退職後は起業家として活躍している。
▶Twitter:@ShowTurai_Novel

 
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注:この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。

第二章 複雑な味 前編

入社後の研修は、期末試験直前のようだった。

研修といってもはじめの1週間だけで、次の週からはOn the Job Training(OJT)だ。OJTは、実際の仕事を通して業務を学んでいく。要するにすぐ現場に放り込まれるのだ。

わずか1週間で仕事に入れるように研修するわけである。業務に必要な知識をじゃがいもの詰め放題くらい詰め込まれる。窓のない密閉された部屋で、朝から晩までだ。いやに蛍光灯の白が目に付くところだ。

研修の1日目は会社の組織体制や就業規則、コンプライアンスについて座学で叩き込まれた。

理解していたつもりだったが、克貴も初めて知ることがたくさんあった。

たとえば、外資系投資銀行は大きくフロントオフィスとミドル・バックオフィスに分かれる。フロントオフィスは、克貴が所属している投資銀行部門(IBD)、グローバルマーケッツ部門(GM)、アセットマネジメント部門(AM)である。ミドル・バックオフィスはオペレーション部門やIT部門、その他の管理部門である。
  
「あーがっつりした授業ほんと憂鬱(ゆううつ)。こういう勉強系苦手なんだよね」と隣のエレンは大きく伸びをしながら言った。

「確かに覚えることいっぱいだね。組織体制も学生のときに思っていたものとは違ったし」と克貴は先ほどの講義を反すうしながら言った。

「私らの所属って銀行じゃなくて証券会社だもんね。投資銀行部門っていう名前だからてっきり銀行に配属なのかと思っていたわ」とエレンは甲高い弾んだ声で言った。

「僕も入社前はほとんど区別がついていなかったよ」と克貴もほほ笑みながら同調した。

「そんなことも知らずによく受かったな」と最前列の高嶺はこっちを見ずにつぶやいた。小馬鹿にするような口調だった。

「ちょっと、そんな言い方はないでしょ」とエレンは高嶺の座っている席に近づいていき、詰め寄った。

「環境が人を形成する。だから俺は投資銀行に来ている。意識が低い奴らと一緒にいるためじゃない」

高嶺は横目でエレンを一瞥し、前の講義資料をしまおうとしていた。

「は? ちょっと優秀って言われてるからって調子に乗らないでよ。そんなのちょっとの差なんだから。すぐ泣きを見るわよ」

エレンは勢いよく机に手を突いた。周りも何事かという顔で、渦中の2人を見やっていた。

「その少しの差が景気後退局面みたいにスプレッド拡大していくだろうけどな」と高嶺は態度を崩さずに言った。エレンは眉を寄せ、苦い顔をした。

「まあまあ、2人とも落ち着いて」と克貴は仲裁に入った。

「エレンだって英語もドイツ語もフランス語も話せるんだし」

「そうよ、高嶺あんた英語しかできないくせに」とエレンはなおも突っかかっていった。

「だが英語があればビジネスは十分だ」と高嶺も引く姿勢を見せない。

エレンは眉をつり上げ、高嶺に見せつけるように大きく手を広げた。高嶺はエレンをちらと見ると、気持ちを切り換えるように、コーポレート・ファイナンスの分厚い本をめくり始めた。

「ちょっと水買ってくる」とエレンは部屋を出た。

周囲のざわめきが不自然なくらい静かになった。

克貴はエレンを追って同階の自動販売機エリアに向かった。ガラス張りの窓際にエレンが小さくしゃがみこんでいるのを認めた。

「エレン、大丈夫?」と克貴は気まずさを押し殺して言った。自分がエレンと話を続けたせいで高嶺に横やりを入れられた。同期とはいえ、評価を分け合う戦いの場で、程度の低い水準で盛り上がってしまったのは事実だ。

「ふう、嫌になっちゃう。私が知識不足なのは分かっているの。ただ克貴も一緒に馬鹿にされたような気がしてカッとなっちゃった」

エレンは克貴を見つめ、床に視線を落とした。いつになく声のトーンも沈んでいる。

「ごめんね、僕の分まで怒ってくれて」と克貴は、どう声をかければいいか分からなくなって言った。

「昔からなのよ。自分の弱さを目の前に突き付けられると、磁石みたいに反発してしまう。陽気なはずなのに自信が足りていないの」とエレンはうつむいた。

克貴は遠慮がちにエレンの肩に手を伸ばそうとした。エレンがぴくっと動いたのを見て、その手をそっと下ろした。代わりに、自販機に手を伸ばし、ドリンクを買った。冷えたドクターペッパーを手に取って戻った。

「湿っぽくなってごめんね」とエレンは頭を垂れたまま言った。

「はい、エレンが好きだと言っていたジュース」と克貴はエレンに手渡した。

「ありがとう。この薬品みたいな妙な味が病みつきになるのよね」

エレンは唇をつけ、缶を傾けた。喉が脈打つように動き、液体が流れ落ちるのが分かる。
「どんな味か想像できないな」と克貴は何気なく言った。

「じゃあ試してみたら?」とエレンは立ち上がりながら、克貴に缶を差し出した。

克貴は戸惑いを表に出さないように躊躇(ちゅうちょ)なく缶を受け取った。なぜか口をつけずに飲んだことを気取られたくなかった。

「強いパンチの後にとろんと甘さが来るのが変な感じ。僕は苦手だけど」と顔を見合わせて笑った。

ドクターペッパーは複雑な味がした。

オフィスの窓から見渡す景色は堂々たる高層ビルが立ち並び、グレーに埋め尽くされている。首相官邸も見える。窓に、肩を寄せ切れていない2人の姿が映った。

克貴は勝手に気まずくなって話し出した。

「当たり前だけど、世の中には無数に会社があるよね」

「目の前に広がっているだけでも数えきれない。まだ知らない企業もきっとたくさんあるわね」とエレンはつぶやいた。

「そう、日本には優れた会社がいっぱいあるはずなんだ。教育を受けた人材も技術もある。本当はもっと伸びてもいいはずなのにくすぶっている会社も多いと感じている。ファイナンスという観点で経営資源を活生していけると思うんだ」と克貴はこれから自分たちが携わるであろう業界の話を振った。

一種の感情というのは、一度発生したらどこまでも膨らんでいく。不可逆な熱力学の法則みたいに、だ。その予兆を感じた克貴は、金融に関する話をわざと続ける。

「そう思うと金融って大事よね。研修の講義でもやっていたけど、経営の基盤を支えるために、事業資金が必要だもんね」とすっかり金融に頭が切り換わったエレンは言った。

「事業が収益を生むまでの運転資金や設備投資を担うのも、僕らのいる金融業界の役割だからね」

「事業を成り立たせるための人材を雇うのにもお金がかかるし、プロダクトを開発するための設備にもお金がかかる。いざ製品やサービスができても、そこからマーケティング費もかかってくるわよね」とエレンはP/Lを意識したように言った。

「それに売り上げが即入金のケースは少ないから、売掛金によってキャッシュフローは常に遅れてくる」と克貴は運転資金回転期間を頭に浮かべながら言った。

「誰が金融を虚業なんて言ったのかしら?」とエレンは頬をリスのように膨らませて言った。

――克貴は母方の祖父を想起した。

祖父は金融業を毛嫌いしているらしく、「あんなものは金の亡者の巣窟で、社会を腐らせている原因だ」と憤慨していた。

克貴が投資銀行に行くと報告したとき、祖父は語気を強め、大反対した。小さいころから祖父に従順だった克貴が、頑なに投資銀行の意義を説き続けると、お前もかと祖父はため息をついた。しまいには、勝手にしやがれと口を聞いてもらえなくなった――。

「直接金融も間接金融もどちらも大切だよね。僕ら投資銀行、つまり証券会社は直接金融だけど、資金需要のある会社と投資家たちの集まる市場とをつないで、会社の成長に必要な資金調達を行うからね。銀行のような間接金融だと融資を通して会社に資金供給するわけだから」

「研修の講義の復習みたいね。そういえばうちの会社にも銀行があると思うんだけど、投資銀行部門とはまた違うものなのかしら?」

「確かにうちの会社にも銀行はあるけど、日本支店はトランザクションバンキングだけで商業銀行機能はないよ」と克貴は頭の中に天空の島を浮かべるようにエンティティ(※)を分類しながら言った。

「ヨーロッパに住んでいた時には街中にうちの銀行の建物があったわ。銀行口座も持っていたから親近感があったけど、日本ではうちの会社の銀行を見かけないもんね。ところでトランザクションバンキングって何だっけ?」

エレンは克貴に一歩近づいた。克貴はエレンとの距離感に困惑した。

「海外との送金サービスを行う銀行業務だよ。法人向けに、キャッシュマネジメント、貿易金融および融資、信託および社債・証券管理サービスもやっているところだね」と克貴はなるべく淡々と話した。

「へえ、克貴はよく知っているね。というかさっきの講義でやったっけ?」

「先生は言っていなかったけど、資料には書いてあったよ」

「それじゃ無理だ。私、音で聞いたものしか頭に残らないの。だから分厚い本とか無理」

「逆に僕は文面で読んだ方が頭に入りやすいな」

「じゃあ、克貴が読んで、私に教えてよ」とエレンは克貴を覗き込むようにして言った。
エレンのよく通る声は克貴の中にとどまり続けた。

※エンティティ legal entity(法人格)を指す。投資銀行などでは支店・子会社・部門など、現地の許認可や法規制に応じて別法人として設立・運営されている組織構造を指す。

第二章 複雑な味 後編につづく。2022/3/4更新予定です)
 


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