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今回から、ショー・ターライ氏による外資系投資銀行を舞台にした小説連載がスタート!
主人公は新卒でドイチェガン証券株式会社IBD部門に入社した、小川克貴。先輩社員からの厳しい洗礼を受けながら、同期たちと切磋琢磨し、一人前のバンカーを目指していく。しかし、彼には投資銀行に入社したもう一つの理由が……。
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注:この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。
第一章 光の川 前編
――リーマン・ショック、欧州危機、幾多の金融クライシスを乗り越え、マーケットは大いなる転換点に立っている。株価のボラティリティは高まり、VIX指数(※)もたびたび高い値を記録している。そのような時こそ、我々グローバル金融が役割を果たすべきだ。君たちは激動の世界経済を強く切り開く存在にならないといけない……。
ここから社会人1年目が始まるのか。小川克貴は入社式の会場を深呼吸しながら見渡した。
都内一等地、見慣れない高層ビルがひしめき合う中で、ひときわ目立つ磨き上げられたオフィスビル。会場は、そのオフィスの中にあるホールで、100人くらいは優に収容できる広さだ。
重厚な入口の扉はしきりに開いたり閉まったりを繰り返している。入れ替わり立ち替わり、新入社員の顔を見に来たり、料理をつまみに来たりする先輩社員たちが見える。
会場の左方にはビュッフェ形式のオードブルが並んでいる。立食でも食べやすいように串刺しや小分けにされた色とりどりの料理の隣で、グラスにワインが注がれている。見るからに高そうなワインだ。
見たことがない料理、名前も分からない食べ物。光沢のあるテーブルクロス。高級レストランのウエーターのようないでたちの人々が恭しく給仕している。こんなパーティーは初めてで、鳴っているお腹をさすってみるも、どのタイミングで取りに行ったらいいか分からない。
壇上には企業ロゴが鎮座しており、スクリーンには英語のスライドが映し出されている。凝った幾何学模様の背景画像に企業の格が宿っているようだった。
体格の大きな外国人が登壇していた。一見にこやかな笑顔と相反するような目線の鋭さが威光を放っている。日本支社長だ。軽快に身振り手振りを交えながら、新入社員に言葉を投げかけている。
日本支社長の視線がこちらを捉えた気がして、緊張が走った。
克貴は、これから投資銀行で働いていくという高揚感と待ち受けている責任の大きさに不安を覚えながらも、身が引き締まる思いがした。
社長はオールバックの金髪の英国人で、仕立ての良いスーツに見慣れない襟のワイシャツをまとっていた。同期の高嶺貴一が言うには、確かホリゾンタルという種類の襟らしい。背が高く、横幅も広く、鋼鉄のような印象で、物理的にも権威的にも力があるだろうことが一目瞭然だった。
切れ間の明瞭な発音で、英語が不得手な克貴でも聞き取りやすい。
英語のスライドに、英語のスピーチ。時折混じるジョークに会場が沸いている。
これが当たり前の世界なのか。外資系という何となく使っていた言葉が、現実として鮮やかに立ち上がった瞬間だった。
話すたびに躍動する切れ長な襟を眺めていると、先ほどの高嶺とのやり取りが思い出された。
入社式が始まる前に、新入社員だけ集められていた。入社に関わる情報を確認したり、書面にサインをしたり、社員カードをもらったりと諸手続きを行うためだった。
カードロック式の自動ドアの奥にあるミーティングルームに通されると、大きな窓からは高層ビル群を見下ろすことができた。
壁の一つは液晶パネルになっており、アジェンダが映されていた。大学で座っていたものとは全く別物の肘掛け付き椅子、そして高級感のある濃い茶色の長机が存在感を示していた。
席はファーストネームのアルファベット順に並べられていた。克貴が戸惑いながら席に着くと、隣には高嶺貴一が座っていた。彼とは内定式の時に言葉を交わした程度で、名前と顔が一致するくらいの仲だ。
高嶺は克貴と同期入社で、社長と同じタイプのワイシャツを着こなしていた。
高嶺は克貴を一瞥すると興味がなさそうにふいと前に向き直った。
「ここに後輩はいないはずだが」と高嶺はいくぶんかあざけるように言った。
「同期だぞ」と克貴は少しむきになって答えた。
「就活生かと思ったが。そのスーツとシャツ」
「そういう高嶺はどうなんだよ」と克貴は言いながら、ばつの悪い思いに駆られていた。服に明るくない克貴にも分かるほど、高嶺のスーツは光っていた。
「さすがにその既製品スーツはどうかと思うぜ。せめてオーダーメードだろ。まあお前にホリゾンタルは早いかもしれないし、就活時代のレギュラーシャツでお似合いだな」
「似合っているならいいだろ」と克貴は弱々しく反論した。
「外銀で働くんだったら、格好くらい様になるようにしとけよ」と高嶺は言い捨てた。
「いや……」と克貴が言い返そうとした時、ドアが開く音で会話は途切れた。かなり発音の良い英語を交え、歓談していた女性が、さっと姿勢を正した。
人事の責任者が入ってきたのだ。
同期の皆の面持ちが変わり、前を向く中、克貴は下を向いて唇を噛んだ。
そんなお金があるなら妹に画材の一つでも買ってあげたい。ちょっとした見栄えのために費やすのではなく、もっと有用なお金の使い方をしたい。
克貴は女手一つで育ててくれた母と5つ離れた妹の3人で暮らしていた。住まいは風が吹くたびガタガタ鳴るような築40年はくだらない小さなアパートだった。水圧が低く時々シャワーのお湯が冷水に変わってしまうが、住み心地は悪くなかった。
3人で暮らしていければ、そんな環境も愛おしかった……。
――投資銀行で働くからには1人で3人分のバリューを出してもらう。出せない者はいる意味がないどころか、ヘッドカウントの無駄遣いだと心得よ。君たちを新人だと考えていない。我々の仲間の一人であり、プロフェッショナルとして扱う。覚悟はできているか……。
社長の力強い声に、克貴はふと我に返った。そして会場を見渡すと、町田さんと目が合った。
「ちゃんと日本支社長のあいさつ聞けよ」と言わんばかりに、町田さんは目くばせをした。
にやにやした表情で、町田さんこそ聞いていなさそうなのに。くるくるとワイングラスを回している。こういうところも好きなところだ。
克貴がこの会社に決めた理由も町田さんにあった。そもそも町田さんがくれた言葉がなければ克貴は外資系投資銀行に受かってさえいなかっただろう。
※VIX指数……Volatility Indexの略。恐怖指数ともいう。S&P500を対象とするオプション取引のボラティリティティを基に算出した指数で、投資家が株価の先行きにどれほどの振れ幅を見込んでいるかを示す。
(第一章 光の川 後編につづく。2022/2/4更新予定です)
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