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「ちゃんと勉強しないと大学に入れないし、将来真面目に働かないと食べていけないぞ」
「社会は厳しい。仕事を始めたら学生気分ではいられないよ」
親や学校の先生がこんな言葉を口にするのを聞いたことがあるだろう。
こうした言い回しに表れる「日本人の労働嫌い」によって「日本人の投資嫌い」が育まれてしまった、と語るのはレオス・キャピタルワークスの代表取締役社長・藤野英人氏だ。
藤野氏は、J.P.モルガン・アセット・マネジメントやゴールドマン・サックス・アセット・マネジメントを経て同社を起業。個人投資家に人気の高い「ひふみ投信」などを運用している。
「投資は悪」「金融は虚業」などと、歴史的に蛇蝎のごとく忌み嫌われてきた金融業。なぜ、特に日本では現在でもその傾向が強いのか。一方で投機的な取引には群がるのはなぜか。どうすればそんな日本社会は変わるのか。藤野氏に話を聞いた。【丸山紀一朗】
1. 「960兆円」 この数字にピンと来なければ金融業界に行くな
2. 「労働嫌い→会社嫌い→投資嫌い」という根の深さ
3. 「仕事は楽しい」と教える人が存在しない
4. 「長期のコミット」が嫌、だから投機に群がる
5. 「ありがとう」の投資をしよう、起業体験を広めよう
6. 世の中はすべて投資でできている
「960兆円」 この数字にピンと来なければ金融業界に行くな
――藤野さんが「日本人は投資嫌い」だと思うのは、なぜですか。
藤野:まずは数字が物語っている。
日本銀行の2018年の資料で家計の金融資産の構成を見ると、現金・預金は日本が52.5%であるのに対して、欧州は33.0%、アメリカは13.1%と低い。日本は欧米に比べてこの「現預金比率」が圧倒的に高く、その金額は約960兆円にも上る(下図参照:タップまたはクリックで拡大)。
960兆円。この数字、金融業界を志望している学生だったら必ず頭に入れておくべきだ。僕のように金融業界に身を置く人間は、ここが最大の課題だと思っているから。金融機関の仕事とは、この運用されずに眠っているお金をどう使うかを提案することだ。
僕はこの30年ほど調査・運用の仕事をしている中で、「投資はお金持ちがするもので自分とは縁遠い」「株はマネーゲームなので関わりたくない」といった日本人の声をたくさん聞いてきた。おそらく日本人の大半、8割くらいが投資嫌いというイメージだ。
運用されずに眠っているお金として、日本には「タンス預金」という表現もある。ある調査では43兆円にも上ると推計されている。
ある洪水が起きた時、着の身着のままに避難した被災者に現金を供給する目的で、銀行側が移動可能なATM(現金自動預払機)を避難所に設置したところ、逆に入金でパンパンになってしまったというエピソードが、タンス預金の多さを物語っている。
「労働嫌い→会社嫌い→投資嫌い」という根の深さ
――どうして、日本人は投資嫌いなのでしょうか。
藤野:結論から言ってしまうと、日本人の「投資嫌い」の根っこには「会社嫌い」があり、そのさらに深くには「労働嫌い」があると考えている。これは根深い問題だ。
2018年の「エデルマン・トラストバロメーター」という調査によると、「自分が働いている会社に対する信頼度」の項目で、日本は全28カ国中の最下位で57%。別の調査でも、日本人で自分の会社を信頼している、あるいは好きという人の割合は約50%だ。
つまりおよそ半数の日本人は、自分の会社が好きでもないのに働いている。二人に一人が、嫌々ながら会社で労働しているのだ。これはそもそも、「働くことはストレスと時間をお金に変えること」という価値観の人が多いからだ。
労働自体にこのようなマイナスイメージがあるし、会社のことも信用していない。会社はすべからく「ブラック」なものだと思っている。その会社を応援する株式投資も当然、良くないものとして捉える人が多い。投資などしたくない、と考えるわけだ。
このように、日本人の「投資=悪」というイメージの問題は根が深い。あえていえば、投資だけではなく、会社や労働、金、稼ぐこと、資本主義などもそのすべてが「悪」だと思っている人が少なくないのだ。
――日本人の会社・労働嫌いは、ずいぶん昔から続いているものなのでしょうか。
藤野:いや、実はここ30年くらいのことなのではないか。それより前は、終身雇用や家族主義的な経営が主流で、会社に対するロイヤリティの高い社員が割と多くいたと思う。これはすでに過去の話だが、経営者層の一部はまだ変わっていないと信じ込んでしまっている。
例えば最近は「バイトテロ」のようなことが起きる。あれを起こすようなロイヤリティの低い人が大多数ではないものの、決して一部の例外的な人が起こしているとは思えない。ある意味、今の日本の自然な姿を映しているのだ。
ではなぜ、こうなってしまったのか。その原因は「デフレ経済」だ。デフレ経済とはすなわち、モノの値段が安くなっていくこと。そこで企業側は、サービスを簡素化したりコストをカットすることで対応した。
これまでは一緒に働くパートナーという位置付けだった社員についても、コスト削減の対象になった。直接的にはクビを言い渡されずとも、給料はほとんど上がらないし、より効率的に動くよう強く求められた。
結果的に、働くことは、自分の時間を切り売りして効率良く給料をもらう活動になってしまった。そして、モノの値段はとにかく安ければ良いという「デフレマインド」が蔓延。労働者の生み出す付加価値や労働そのものへの感謝やリスペクトがどんどん落ちたのだ。
さらにいうと、お金を払うお客様側が相対的に強くなった。お金さえ払えばきちんとしたサービスが提供されて当然だと思い、少しでもサービスに問題があると怒鳴るような客が目立ち始めた。その反作用として労働者の地位がさらに低くなったのだ。
「仕事は楽しい」と教える人が存在しない
――たしかにそれが現実かもしれませんが、気分が暗くなってきました。
藤野:解決策は後ほど示すとして、目を背けたくなるような現実についてさらに話を続けよう。
こうしたデフレ経済が続いたせいで、コストを削って収益を上げることばかりに目がいき、一方で面白い仕事をして多くの人に共感してもらうことで結果的にお金が集まるという価値観がほとんど浸透しなかった。
このもう一つの原因は、「働くって素敵なことだよ」ということを教えたり口にしたりする人が基本的にいないことだ。学校では「社会は厳しい。働くことは甘いものではない」と言う先生が多い。親も「競争社会で勝ち抜くために学問するか資格でも取れ」などと言う。
「働くことは楽しくてワクワクすることだ」「仕事ってのびのびと好きなことをやって他人を幸せにする素敵な活動だよ」という考え方を伝える人がいない。メディアもそういうことを言わないし、そういうことを教えるセクターが一つもないのだ。
「長期のコミット」が嫌、だから投機に群がる
――日本人の投資嫌いの背景について教えてもらいましたが、しかし、投機的な取引は盛り上がる気がします。なぜでしょうか。
藤野:なぜなら、日本人は長い期間に渡って何かにコミットすることが怖い、できない、嫌いになってきたからだ。例えば最近は家や車を買う人が減った。住宅ローンなど、長い間一つのものに縛られたり、その決断をするのも嫌なのだ。
その点、株式投資は長期の決断だ。この長期のコミットができない人は、勝負が早く、刹那的な投機に流れるのだろう。悪い言い方をすると、彼らは他人や組織を信じられない、あるいは未来を信じられないのだ。
長期のコミットができないというのは、言い換えると、何かと一体化できないということ。禅宗の僧侶の言葉を借りると「一如」の精神、つまり自分と別の何かが一体化するという考え方が今の日本には足りていない。
これは投資の話とまさにつながっている。例えば今、僕の財布の中の1万円をある会社に渡すとする。この会社と僕の関係性が切れていれば、僕にとっては単純に1万円の損失だが、仮に会社と僕が一体化していると考えれば1万円は移動していないといえる。
この後者の考え方ができないと、投資は活発にならないだろう。
「ありがとう」の投資をしよう、起業体験を広めよう
――長期的な投資に日本人の目が向くようにするには、どのレバーを引けばいいのでしょうか。学校教育などを変えるべきなのでしょうか。
藤野:まず、すごく身近で誰もができる努力でいうと、誰かの労働に対してリスペクトを込めて「ありがとう」と言うようにすること。投資嫌いの大元にある労働嫌いは、働くことで生み出される付加価値や働くこと自体への感謝の欠如によって生まれた。
自分が客として訪れたコンビニのレジで、店員に「ありがとう」と謝意を伝えよう。飛行機に乗る前、機内入口でお辞儀をする客室乗務員に敬意を表して「ありがとう」の笑顔を向けよう。それだけでも、日本は少しずつ変わることができる。
これも実は投資の一つだ。投資とは、「お金のみならず、情熱や行動、愛情などのエネルギーを投入することで、モノやサービス、感謝、成長といった未来からのお返しをいただくこと」だからだ。
もう一つ、日本取引所グループがやっている「JPX起業体験プログラム」のようなものが普及すれば、社会が変わると思っている。これは、中学生や高校生に対して、「起業家」としてゼロからビジネスを立ち上げる経験を提供する体験型の教育プログラムだ。
ポイントは、現実世界と限りなく近い条件で体験できること。参加者は、チームでビジネスアイデアを考え、投資家(ベンチャーキャピタリスト)らにプレゼンし、彼らから出資を受けて株式会社を作る。
その会社の経営者として、学園祭などを舞台に、本物のお客様に向けて、模擬店のビジネスを行う。販売活動が終わると、損益計算書と貸借対照表を作成し、監査を受ける。利益が出た場合には税金を支払い、株主総会で結果を株主に報告し財産を分配する。
これの何がいいかというと、会社を「悪」と考える人が少なくなること。活動全体が面白いし楽しいし、会社が世の中に付加価値をもたらしていることがよく分かる。経営者の喜びやお客様の幸せが中心にないとお金を生む仕組みは作れない、と知ることになる。
ひいては、投資家とは、このように会社にお金を出資する仕事であることを学ぶのだ。これをわずか1週間ほどのプログラムで体験できる。全国の多くの子どもたちがこれを経験したら、日本は劇的に変わるだろう。だから僕はこの普及のための活動もしている。
世の中はすべて投資でできている
――外資就活ドットコムのユーザーには「投資嫌い」はそこまで多くないかもしれませんが、特に伝えたいことを教えてください。
藤野:まず就職活動という面でいえば、僕の話で企業選びの軸は固まったと思う。「自分の会社のことを好きな人が多い会社」だ。これはシンプルだが、かなり確実な方法だ。ファンドマネージャーとしての僕から見ても、嫌々働いている社員の多い会社は、伸びない。
ちなみにファンドマネージャーの仕事とは、簡単にいうと「10年後のGoogleを探すこと」。僕は日本の成長企業を発掘し、投資という応援をし続けている。
皆さんに伝えたいのは、皆さん自身も自分の人生をかけて社会に投資している投資家であるということ。投資効果が一番高いのは自己投資だ。成長したことに対して税金がかからないのは自己投資による自分の成長くらいなのだ。
また、そもそも投資嫌いというのは自分の人生を否定することといっても過言ではない。皆さんが着ている服も、持ち歩くカバンも、一日三食のご飯も、すべて誰かの投資によって生まれたものだ。世の中はすべて投資でできている。その視点を持って生きよう。
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