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買収金額やダイナミックさで世間の注目を集める大型M&A。成立には、投資銀行やプライベート・エクイティ(PE)の活躍がカギを握る。今回は、JPモルガン証券の前堀倫明・エグゼクティブディレクターが担当した案件をご紹介しながら、大型M&Aの立役者というべきバンカーたちが、どのような思考で、どのように行動したか。M&Aが企業や社会に果たしている役割とは何かについて、考えていく。
あらゆるステークホルダーを満足させなければ勝てない
「今すぐ、来てくれないか」。前堀氏が受けた電話の主は、台湾の鴻海精密工業を電子機器受託製造(EMS)世界最大手に育て上げた郭台銘会長(英語名=テリー・ゴウ)。すぐにテリー・ゴウ氏がいる台湾に向かい、シャープとの交渉の条件を決める作業を幾度も繰り返した。テリー・ゴウ氏に直接アドバイスをする立場にあった前堀氏。「テリー・ゴウ氏が、『今から行くからオフィスで待ってろ』という場合もあった」。
経営危機に陥っていたシャープを救済するため、複数の企業などがパートナー候補となっていた中、鴻海も候補として名乗りを上げ、アドバイザーとして、J.P.モルガンを選んでいた。前堀氏はこの案件のプロジェクトリーダーだった。「日本企業相手に、交渉を続けるうえで留意しなければならないことや、文化の違い、株主、従業員、金融機関など、あらゆるステークホルダーを満足させるトータルパッケージの提案でなければ勝てないなど、アドバイスは多岐に亘った」。前堀氏はその当時を振り返る。
日本でもM&Aが活発になることを予感
前堀氏は、2000年4月に、J.P.モルガンに入社。J.P.モルガンに入社する前は、富士銀行(現みずほ銀行)の都内の支店で法人融資の営業を担当していた。「ある日J.P.モルガンが投資銀行部門のアナリストを募集していることを知り、応募したら幸運にも採用された」。J.P.モルガンに入社した後、インダストリーのカバレッジやM&A担当を経験した後、2010年からM&Aのアドバイザリー業務の専任となった。関わった業界は、電機、石油元売り、ヘルスケアなど幅広い。
なぜ、国内銀行で法人融資を担当していた前堀氏が、外資系投資銀行を目指すことにしたのか。2000年前後、日本では、大型企業の統合や金融機関の経営破綻など、経済や社会状況が目まぐるしく変わる激動の時代を迎えていた。「こうした大型再編の裏側には、外資系投資銀行がいるということが見え始めてきたころ。元々M&Aに興味はあった。当時は邦銀も部門別採用を行っておらず、このまま銀行に残って、人事の運を天に任せる生き方を選ぶか、興味がある分野に自ら進むか、を考えたときに、J.P.モルガンが魅力的に映った」と前堀氏は話す。
終身雇用の世界を捨てることになるため、大きな賭けでもあった。だが、欧米では、M&Aはごく自然な経済行為として活発に行われ、「いずれ日本でも、これと似た状況になると考えていた」(前堀氏)。
「ぎりぎりの交渉」。薄氷を踏む思いの連続
シャープのパートナーにどの組織が選ばれるかについて、マスコミが連日、報じていたため、世間の注目度も上がっていた。とはいえ、鴻海の対抗馬がどんな提案をシャープ側にしているか、報道だけですべてをつかめるわけではない。「本当にぎりぎりの交渉で、薄氷を踏む思いだった」(前堀氏)。
J.P.モルガンでシャープと鴻海の案件に関わっていたのは、日本4人、台湾4人の計8人。前堀氏はこのリーダーを務めていた。「一人一人の業務が分散して、当事者意識が薄くなるため、あまり大きなチームでやるのが好きではない。全員で全部をカバーするというチーム体制が理想」と語る前堀氏。持ち場で役割は異なるが、誰に聞いても同じ情報が共有されているのが、強みだという。少人数でチームを組成するため、年次を問わず能力があればどんどんクライアントの前で活躍する場を与えることで成長を促すという。
交渉期間が長期に及んだため、時には、チームを鼓舞する必要もあったという。当時、外国企業が日本企業を買収することに、拒否反応を示す向きもあった。「これは、アジア企業と日本企業の提携を通じて、日本企業を立て直すという、歴史を作るディールだと言い続けた。これにチームも共感してくれた」。
案件がJ.P.モルガンへ持ち込まれておよそ1年。鴻海がシャープのパートナー企業となることが決まる。「シャープの従業員の雇用やブランド、技術の維持などあらゆる項目で満額回答だった」(前堀氏)。偶然にも、シャープ側のアドバイザーを務めたのが、前堀氏の前職の同期だった。「鴻海が意図していることを正確に伝え、理解してもらい、ミスコミュニケーションを防ぐという意味では、有効だった」。
鴻海がシャープに出資した額は約4000億円。当時、日本の電機セクター企業の競争力が低下していた。鴻海と組むことで、早期の立て直しを目指した取り組みが奏功してシャープは早期の黒字化を果たす。
妥協を許さず、本当のことを正直に言える関係を構築できる人が優れたアドバイザー
M&Aが企業や社会に果たす役割について、「M&Aは、Must Winでやる案件が多い。産業構造上、他社に取られたら、競争力が低下して、会社が傾く。勝ち残るためのせめぎ合いですよ」。結局、会社を強くすることが、従業員の幸福にもつながる。買収された企業も、買収先で更に強くなり生きていく。
M&Aアドバイザーとはどんな存在か。法律や会計などの知識も必要だが、「様々なリスクがあるなかで、取り組むべき案件かどうかをトータルで判断する存在」だという。顧客によって、必要な条件は異なる。これを総合的に判断して、顧客にアドバイスするのが、M&Aアドバイザーだ。
では、優れたM&Aアドバイザーとは、どんな人か。自分のアドバイスで、何万人もの従業員を抱える企業が動く場合もあるため、プレッシャーも大きい。従業員だけではない。アドバイスの内容には、株式市場や投資家の厳しい目も向けられる。妥協は許されない。「本当の意味で、顧客に資するため、この案件はやめたほうがよいと言う勇気がある人」と前堀氏は話す。一時の成功報酬に流されず、本当のことを言い続ける人が、顧客と長期的な信頼関係を構築できるという。それがJ.P.モルガンが最も大事にする企業カルチャーの一つだ。
若手バンカーでも求められる、顧客の先を行く姿勢
外資系投資銀行には、多くの優秀な学生が就職を目指す。前堀氏は「投資銀行業務は、採用が難関であるがために受けに来る学生もいる。だが、本当にこの仕事が好きではないと辛い時間が長い仕事でもある。本当に好きな人にチャレンジしてほしい」と言う。好きな人は長期間投資銀行業務に携わりたい、長期的に投資銀行で務めるにはどう生き残るかを考える、という思考プロセスがあるため成長する。当事者意識の強い人は、シニアバンカーと同じ速さで走るため更に成長スピードが加速するという。
たとえ若手であっても、「自分が顧客だったら、どう決めるかを常に自分に問う必要がある」。経営者は常に判断を求められているからだ。そのためには、顧客の先を行き、成功への道筋を示す的確なアドバイスができなければならない。
「若手の最初の分析が間違っていると、修正に多大な時間を要しアドバイスの提供が遅れる可能性もある。大型案件のアドバイスに遅れや間違いは許されない。大船団が右を向き始めたときに、やはり左でした、と、簡単に方針を変えることはできない。一人一人の裁量がとても大きいため、有能な人ではないと預けることができない業務」。前堀氏は語る。
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