会員登録すると
このコラムを保存して、いつでも見返せます
様々な分野の専門家や学生が議論をして、アイデアを形にしていく(東京工業大学)
ビジネスや教育でもアートやデザインの影響は大きくなっています。アートやデザインに取り組む個人も目立ち始めました。社会が不安定化するなか、戦っていくための武器を得ようとする動きにも見えます。連載の2回目では、こうした動きを紹介していきます。
1回目のコラムはこちら→「感受性」と「直観力」の時代へ “MBAの次”に来るアートやデザイン重視の世界とは?
ロジックと感性の両方を使った思考スタイルが創造性生む
「当社の講座の受講者の7割が、東大、京大や早慶、旧帝大の方々です」。こう話すのは、絵を描くことによって様々な知覚と気付きが手に入る講座を運営する、アート・アンド・ロジック(東京都渋谷区)の増村岳史社長です。受講者の職業も、外資系コンサルティング企業のコンサルタント、ベンチャー企業の経営者やマネージャー、日系大企業のエンジニアなど多彩です。
アート・アンド・ロジックの講座は、東京藝術大学大学院を修了した講師が、2日間にわたり、オリジナルメソッドに基づき、絵の描き方を教えています。「企業からの当社の講座に対する問い合わせが増えてきています」(増村社長)。
講座を受講する人の目的は何でしょうか。増村社長によるとロジックと感覚の両方を活用した思考スタイルを身につけることで観察力を高め、独自の視点から課題を発見し創造的に解決する能力と、イノベーションを生み出す力を身に付けることが目的といいます。受講者の多くは、中学や高校以来絵を描く機会がなく、「美術以外はオール5」の苦手意識がある人だといいます。ですが、「直観や感性はトレーニングで磨くことができます」(増村社長)。
同講座を受講したことがある方にお話を伺いました。グローバル展開をしているIT系広告代理店でマネージャーを務める菅原史哉さんは、「体験としてとてもよかった」と話します。特に、卵をデッサンするときの影の作り方や、顔からではなく、足元から人物を描く作業が興味深かったといいます。卵を描くときに、その明暗を鮮明にするため、消しゴムで「光」を、鉛筆で「影」を描きます。「発想を転換して、視点を大きく変えるのに役立ちました」(菅原さん)。
顧客にとって、似通った課題解決の方策が複数ある場合、自社の提案を選んでもらうためにはロジックと感覚をバランスよく取り入れた方法を作り出す必要があります。菅原さんは「アートはこれを成し遂げるのに役立つと思う」と話します。
「アート思考」=ゼロから1を生み出す発想法
デザイン思考とはどういうものでしょうか。様々定義があるようですが、デザイナーが、デザインや作品を生み出すときに用いる思考法のことです。ユーザー(平均的なユーザー、というよりも特徴があるユーザー)に使ってもらえる商品やサービスを作り出すため、リサーチを行い、その結果をふまえて分析、リサーチで得た消費者の表に出てない本音などをまとめ(統合)、試作品などを作成。試行錯誤をしながらサービスや製品を作り出していくプロセスのことをいうことが多いようです。
人の生活に必要と思われる商品やサービスをゼロベースで考えることが重要です。「アート思考」とほぼ同義と考える人がいる一方で、ゼロから1を生み出すのがアート思考、と定義する人もいます。いずれにしろ、社会の成熟で、企業にとってイノベーションがないと生き残ることが難しくなっているうえ、インフラ整備や機械の発達、個人の幸福感の多様化などが進む現在では、創造的に問題を解決していくデザイン思考やアート思考が欠かせないことは、確かなようです。
ハーバード大学といった海外の著名な大学のMBAコースでもデザインについての講座が人気があるのは、こうした背景があるかもしれません。
デザイン会社や大学と協働するローランド・ベルガーの狙い
ローランド・ベルガーは、アートとデザイン、サイエンスを融合する取り組みを加速させる
様々な顧客の課題解決をするコンサルティング企業は、アートやデザイン、ビジネスの関係をどのようにとらえているのでしょうか。
ローランド・ベルガーは7月、慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科(SDM)の白坂成功研究室と共同研究を始めることで合意しました。
慶應SDMは、複雑で多様化する社会問題を解決するために、複数の専門を束ねられる人材の育成を行う大学院。論理を重視するシステム思考と、感性を重視するデザイン思考を融合した、 「システム×デザイン思考」という思考法と手法で、イノベーションを起こす教育・研究をしています。ローランド・ベルガーは、デザイン活動を手掛けるGK京都(京都市上京区)と連携していて、デザイン思考などの講座を担当する白坂教授の研究室と組むことで、アートとデザイン、サイエンスを融合する取り組みを加速させる狙いです。
ローランド・ベルガーは、2016年から、クライアントや協業する企業とともに「和ノベーション」という取り組みを続けてきました。 日本企業や個人が持つさまざまなノウハウ、技術、知恵などの「暗黙知」を見える化、流通をさせることで徹底的に活用。新しい価値を素早く創出するという考え方です。長島聡代表取締役社長は「この取り組みを加速させるのが、アート×サイエンスの力」と話します。
同社にとって、アートやデザインは、サイエンス(論理)と並んで重要な要素だといいます。アートやデザインは、顧客が製品やサービスの価値を体験したいという感情を高め、サイエンスはその価値をどんな技術や能力を組み合わせて生み出せるかを見出す役割を果たすからです。長島社長は「アートやデザイン、サイエンスが融合することで、顧客に支持され信頼される製品やサービスになる」と語ります。
ローランド・ベルガーだけではありません。ビジネスに対するアートやデザインの影響に注目するコンサルティングファームは少なくありません。数多くのコンサルティングファームが、デザイン会社と提携したり、買収をしたりするのも、変化が激しく、不安定な社会に対応するためにはこうした取り組みが欠かせないため、といった見方もできます。
東工大が美術系大学とワークショップ、「何が本質かを見極める」
ビジネスの世界では、アートやデザインの持つ思考方法が一定の影響力を持つようになってきていますが、学問の世界ではどうでしょうか。東京工業大学では武蔵野美術大学と、理工系の考え方と美術系のアプローチや表現方法を融合させて、新たな人材を生み出そうとする取り組みが始まっています。
両校の学生や教員が集まって「お題」を決め、そこからコンセプトを作って3D表現をするワークショップを行なっています。魅力的なものつくりには、技術力、論理性、社会との接続力に加え、爆発的な発想力など、いろいろな力がバランスよく必要です。科学技術に関する最新情報を言語でわかりやすく伝えることは重要ですが、それだけではなく、アートやデザインを介して視覚、聴覚など言語を超えた方法も取り入れて科学技術と社会を結び付けることができないかと考えています。
このプロジェクトを担当する東工大の野原佳代子教授は「予定調和が通用しない、安易なストーリー作りで終わらせない場を作ろうと決めている。グループが本気になり、カオス状態になることもしょっちゅうあります」と話します。これまで、「オトナとコドモ子どもをつなぐもの」「ラブレター」「数」などをテーマに、自由に議論してテーマに沿った制作を行なってきました。
グループワークできれいにまとまりかけた提案を、教員が意図的に一旦壊すこともあるそうです。東工大生と武蔵野美大生では、「数字」「電気」「おしゃれ」「コミュニケーション」などについての考え方一つとっても、まったく異なる傾向が見られ、「そこが面白い」(野原教授)。
野原教授は「バックグラウントの異なる人たちが言葉や、絵、身体も駆使して徹底的に議論することで、いつも当たり前に使っていた個人の『言葉遣いのシステム』が少しずらされ、言葉と意味との一対一の関係に疑いを持つようになる。体験としてそこが大きい」と言います。「表現力やコミュニケーション力を養いつつ、お題をめぐって実は何が本質なのかを見極めるプロセス」であるこのワークショップには、応募者も多く毎年抽選になります。定員の増員も両大学で検討しているそうです。
金融、哲学…幅広い分野の知を融合して目指す方向とは?
ハッカソンをオープンイノベーションへの応用ができる取り組みにする(東京工業大学)
さらに東工大は、2017年度からは、ロンドン芸術大学のカレッジの一つ、セントラル・セント・マーチンズ(CSM)と新たな合同スタジオ活動も始めました。
ポール・スミスやジェームズ・ダイソンといった著名なデザイナーや企業家らを輩出しているCSMは、起業や作品に対する価格交渉の方法をアドバイスをするなど、学生や卒業生の支援が手厚いことでも有名な学校でもあります。
そんなCSMと組み、東工大が実施するプロジェクトの第一弾が「10年後の東京、ひとは何を着ているか?」。いろいろな素材を手にとり試しながらアイデアを形にするハッカソンワークショップでは、エンジニアやデザイナーはもちろん、金融、哲学、食品、経営など幅広い分野の専門家や学生らが参画して、新しいウェアラブルファッションのデザインを考案し東京都に提案します。(東京工業大学環境・社会理工学院「生命体テクノロジーファッション工房PJ」2018年 アーツカウンシル東京「海外発文化プロジェクト支援」事業)
「CSMとタッグを組んだ具体的なウェアラブルの提案を通して、開発だけでなく教育モデル、新しい融合的な学問、産学連携、企業研修、オープンイノベーションなど様々な分野に応用できるような取り組みにしていきたい」と東工大の野原教授は、次のステージを見据えて語ります。
次のステージとは、大学、企業、ユーザーが双方向の交流を通じて新たな発想による知の融合などを目指す動きです。東工大は7月、東京大、慶応大、早稲田大、東京都市大といった大学、東京急行電鉄、東日本旅客鉄道、東京地下鉄の3社が共同で設立した「渋谷スクランブルスクエア」と連携事業協定を結びました。
渋谷スクランブルスクエアは、東急電鉄など3社が開発を進める大規模複合施設の運営者です。渋谷は音楽やファッション、映像などのクリエーティブやコンテンツ産業、IT企業が集積しています。渋谷に集まる多種多様な人材や企業と組み、ワークショップなどを実施。オープンイノベーション実現に向けて取り組みを加速させる考えです。
「正解」がコモディティー化した世の中、直観や感性が重要に
著名な芸術家、アンディ・ウォーホルの多くの作品を生み出した「ファクトリー」と呼ばれたスタジオには、芸術家やミュージシャンなど様々なバックグラウンドを持った人が集まり、サロンのような役割を果たしていました。多様性に富み、最先端のアイデアや感性が行き交っていたと想像できます。一方、モノや情報があふれている現在では、「『正解』のコモディティー化が進みやすくなって、直観や感性の重要性が表面化しています」(デザインマネジメント専門家の草野紀親氏)。ロジックも鍛えつつ、これらに磨きをかけるのは、混沌とした社会を生き残る術として有効なのではないでしょうか。
会員登録すると
このコラムを保存して
いつでも見返せます
マッキンゼー ゴールドマン 三菱商事
P&G アクセンチュア
内定攻略 会員限定公開
トップ企業内定者が利用する外資就活ドットコム
この記事を友達に教える